2022年8月19日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年7月16日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院 教授

慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社に入社。計10年の北京特派員を経て2020年から現職。ボーン・上田記念国際記者賞受賞。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。著書に『天安門ファイル』(中央公論新社)、『マオとミカド』(白水社)など多数。

 オランダ・ハーグの仲裁裁判所は7月12日、南シナ海における中国の主権を全面的に認めない判決を下した。国際社会や海外メディアは判決前から、中国共産党・政府が、国際法に基づく裁決を尊重すべきだと訴え、中国が国際ルールや国際機関を尊重する「責任ある国家」かどうかの試金石になると指摘していた。しかし中国は西側諸国から圧力が加えられればより意固地になり、独自の道を歩む。習近平指導部は「宣伝戦」「外交戦」「軍事戦」を駆使し、伝統的な「統一戦線」と「持久戦」で危機を乗り切る戦略を展開するだろう。

南シナ海の島は自らの領土だとPRする中国のポスター(Getty IMages)

フィリピンと「一戦の覚悟」

 判決は中国の行動が国連海洋法条約違反だと訴えたフィリピンの勝訴、訴えられた中国の「全面敗北」となった。中国が南シナ海の大半を囲み、「歴史的権利」と主張する「九段線」に関しても「国際法上の根拠がない」と一蹴する、という予想以上に踏み込んだ内容となった。もはや国際法の論理で中国政府が南シナ海をめぐる従来の主張を押し付けることはできなくなった。

 「中国の夢」「中華民族の偉大な復興」という政治スローガンを掲げ、2012年11月に登場した習近平共産党総書記(国家主席)は、歴代指導者の誰よりも主権や領土に固執し、決して妥協を許さない指導者だ。にもかかわらず、今回は国際社会に主権を否定される皮肉な結果になった。これは習主席が進めた露骨な強国路線に周辺国が反発したツケと言えた。

 北京にいた筆者が、南シナ海の異変が表面化したのは12年4月、スカボロー礁周辺で中国の海洋監視船とフィリピンの艦船が2カ月にわたりにらみ合いを続け、中国側が事実上支配してしまったことだった。中国政府は同年6月、南シナ海に三沙市を創設したと突然発表。胡錦濤・温家宝時代末期だが、次期総書記に内定していた習近平国家副主席(当時)が内政・外交の実権を握っていた。その頃、北京の共産党関係者は「中央は南シナ海でフィリピンと一戦交えることも辞さない覚悟だ」と話していたのを覚えている。

妥協許さない政治風土

 強国路線をむき出しに、ナショナリズムを高めつつ、「中国が新たな秩序をつくり、他国はそれに従え」と言わんばかりの中国対外戦略の変化が表れたのは2008年から09年にかけてだ。08年の北京五輪を一応は成功させ、リーマンショックからいち早く抜け出した自信を背景に、習氏は「社会主義体制の絶対堅持」「領土・主権の断固防衛」ということを最優先に、国内では「体制に脅威を与える言論や人権派への激しい弾圧」、国際社会では「野心的な海洋進出」に関して手段を選ばなくなった。

 朝日新聞は仲裁判決を受けて13日付朝刊の社説で「国際法による秩序の発展に責任をもつ国になるのか、それとも秩序に挑戦する国か。中国の習近平政権は、その岐路にあることを自覚すべきである」と指摘した。しかし習近平は国際孤立を深め、国際的イメージを損なうと分かっていても、この二つの問題で決して妥協することはない。

 その背景には、現在の共産党独裁体制が受ける脅威として、一つには「(共産党体制と対峙する)民間社会の台頭」、もう一つは「海外敵対勢力の浸透」に強く警戒していることがある。しかし特に後者の問題で妥協すれば、「売国奴」とみなされる。後世の名声に最も敏感となる中国の最高指導者として「妥協」は非、「抵抗」は正義とみなされる。西側の諸国・価値観や領土・主権が侵害される事態への徹底した抵抗が美化される政治風土は変わっていない。

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