チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年7月16日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

時事通信社外信部記者

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から2度目の北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了。現地での中国取材は10年に及ぶ。16年5月に帰国し、現在外信部記者。近著に『中国 消し去られた記録〜北京特派員が見た大国の闇』(白水社)、著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

「統一戦線工作」と「持久戦」

 最後の「軍事戦」では、判決に先立つ7月5〜11日、南シナ海で大規模な軍事演習を展開し、軍事力で主権を誇示した。また実効支配を示すため、12、13両日に南沙(英語名スプラトリー)諸島の滑走路で民間機が試験飛行を行った。

 国際圧力に対抗するため、習指導部はますます、南沙諸島での軍事拠点化などを今後も続けるのは間違いない。中国の人工島周辺への「航行の自由作戦」を強化する米軍との武力衝突の可能性は以前より高まったと言える。なぜなら判決への妥協が許されない政治環境の中、より強い決意で領土・主権問題に臨むことになった習指導部が「引く」という選択肢はあり得ないからだ。

 当面は「宣伝戦」と「外交戦」を前面に出し、国際社会との過度な摩擦を避けるだろうが、機に及んで「当然権利はあり、我々の総合的判断で決まる」と主張する南シナ海防空識別圏の設置も中期的な目標として念頭に置いているとみられる。長期的な持久戦で主権を主張し続け、その裏で南シナ海の実効支配を既成事実として積み重ねていく戦略も変わらないだろう。

自ら煽ったナショナリズムに怯える

 習指導部が国際社会での孤立と同様に、より危機感を感じているのは、もしたかしたら国内の反応だったのではないか。習近平は就任以来、「中国の夢」などを掲げて国民向けに民族・愛国感情を煽ってきた。そのナショナリズムが
仲裁裁判の全面敗訴によって火が着き、熱しやすい国民が、習指導部の対国際社会「弱腰」姿勢への追及を強め、その結果として批判の矛先が自分に跳ね返ってくる事態を恐れた。

 インターネット上で話題になった「緊急通知」がある。発出したのは、北京市応急弁。首都で緊急突発事件が発生した際に対処する部署だ。緊急通知は12日午前8時から17日24時(18日午前零時)まで各部門に対して応急対策について24時間態勢で「戦時状態」に入るよう指示している。

 北京市当局はフィリピン大使館前で警戒に当たる警官数を大幅に増やし、大使館前の道路を封鎖した。本当にフィリピン大使館前に抗議に行くほど、判決に強烈な怒りを抱えた人たちがどれだけ存在するか定かではないが、当局は不測の事態を何としても避けようとした。

 2012年9月の尖閣国有化に伴う大規模かつ暴力的な反日デモでは、北京の日本大使館が標的になった。これは、地方の農村も含めて大量の人たちが動員され、警察当局も黙認した官製デモであったが、全国レベルでナショナリズムが爆発した反日デモを容認した習近平は、自身が最高指導者に就く年5年に1度の党大会(12年11月)を控え、国内的に主権・領土問題で一歩も譲歩しない強力な権力を誇示する必要に迫られた。

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