2024年7月20日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年7月16日

天安門事件以降の最大の外交打撃か

 「巨大な外交的打撃だ。おそらく1989年以来で最大のものの一つだろう」。香港英字紙サウス・チャイナ・モーニングポストは、仲裁判決「全面敗訴」が中国にとって89年6月の天安門事件で西側諸国から受けた制裁によって国際的孤立に陥った際に匹敵するものだという専門家の論評を掲げた。

 当時の中国外交責任者・銭其琛の回顧録『外交十記』によると、最高権力者・鄧小平は、同年7月に極秘訪中したスコウクロフト米大統領補佐官(国家安全保障担当)に対してこう言い放った。

 「中国人は中国人としての気概と気骨を持たなければならない。解放後、我々は米国と戦争した。あの時、我々は絶対的に劣勢だったが、恐れたことはなかった」

 「中華人民共和国の歴史は、共産党が人民を指導し、抗米援朝(朝鮮戦争)も加えれば25年間も戦争を続け、2000万人以上に上る犠牲の上にやっと勝ち取ったものだ。中国の内政にはいかなる外国人も干渉させない」

 89年11月、中国指導部の招請に応じて北京を訪問したキッシンジャー米元国務長官も回顧録で、銭が「中国は自らの国益によって規定される自らの歩調で動き、外国人の指図は受けない、として、説明に耳を貸そうとはしなかった」(『キッシンジャー回想録中国(下)』岩波書店)と明かした。

 当時も今も共産党指導部は、天安門事件や南シナ海問題などは、体制・主権問題に関わる内政問題であり、外交マターと捉えていない。他国と比べても、国益と完全一致しない限り、外交は一歩も前進しない傾向が強い。今回の仲裁判決でも、「外圧」を受けた形での妥協は決して選ばない。


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