その延長線上に、坂本の今の活動がある。これまでに回った児童養護施設は30以上。施設にいる子どもは全国で3万人超、その半分以上が虐待を受けた経験を持つ。
「腕にたばこの火の跡がいくつもある子もいました。そんな子が、悲しみや怒りをぶつけるようにミットを打ってくる。ぎゅっと抱きしめてあげたくなります。お前たちを傷つけたのは大人だけど、受け止めてあげられる大人もいるんだと伝えたい。『そんなの、難しいよ』と言う人はいます。それでも、やらないあんたよりも、まずはやっている僕たちがいるんだ」
坂本は口上手ではないが、嘘のない人柄が滲み、そして弱い人を放っておけない優しさに溢れている。静岡の施設を訪れた際も、塞ぎこんでいた子に真っ先に声をかけたのが坂本だった。坂本の鞄から携帯電話がたくさん出てきたのに驚いて用途を問うと、「訪問した施設の子どもたちからの、悩みや相談を受けるためのものです」。子どもたちが心を開くのは、坂本が施設出身だからだけではなく、むしろ一生懸命に誠実に、自分と接してくれる、そして前を向かせてくれる人だと感じるからだと思う。
8月8日、坂本は東京・西日暮里にSRSボクシングジムを開いた。児童養護施設を出てからプロボクサーを目指す若者が、お金がないために夢を絶たれることのないよう、資金面でもバックアップしながらボクシングを教える。ゆくゆくは、ボクシングという枠を超えて、恵まれない環境から社会に巣立とうとする子どもたちを支援する拠点とすることが夢だ。
境遇を愚痴らず、自分で切り開く強さ。人を信じられなかった青年が、期待されるという愛をもらったことで、それはより強いものになった。独りでは運命と闘う自信がない普通の人でも、誰かが伴走してくれるなら、頑張れるかもしれない。坂本がすごいのは、自分の経験ともらった愛を次代につなぎ、その「誰か」になろうとしているところにある。(文中敬称略)
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