2024年7月15日(月)

池内恵「中東の眼 世界の眼」

2010年8月24日

 ネタニヤフ首相もそれに呼応し、「直接対話に前向き」の姿勢をいち早く宣言して先手を打った。「一切の前提条件なしに」「全ての課題を話し合う」というのは、一見和平に積極的という印象を与えるが、圧倒的に力関係が非対称的なパレスチナに対しては、イスラエルが交渉の議題も一方的に決めることが可能で、極めて有利となる。

 これに対してアッバース大統領は、交渉の枠組みを事前に明確にし、議題と交渉期限をはっきりさせることを求めてきた。

 8月20日のクリントン国務長官による直接対話への招請では、入植地建設凍結は前提条件とならなかった。また全ての議題が「交渉のテーブルの上にある」(ミッチェル米中東和平特使)ことになった。言い換えれば、全ての議題のうち、どれを具体的に話し合うかは、交渉の中の力関係で決まる、ということであり、イスラエル側の立場を全面的に受け入れたに近い。ここまで「梯子を外され」てもなお交渉に戻ることを迫られたアッバース大統領の威信はさらに低下するだろう。

ひっそりと出されたカルテットの声明

 実は、国際交渉の文言のテクニカルな解釈からは、アッバース大統領の前提条件の要求が受け入れられたと主張することもできなくはない。8月20日のクリントン国務長官の記者会見と同時期に、ひっそりとカルテット(米国、ロシア、欧州連合〔EU〕、国連による中東和平4者協議)による声明が出ていた。クリントン国務長官による直接対話の要請も、形式の上でカルテットの合意を受けて行われたものである。

 8月20日のカルテットの声明には、「今年3月19日にモスクワでカルテットが行った声明を再確認する」という文言がある。3月19日のモスクワ声明とは、イスラエルに入植地拡大を凍結するよう求める、パレスチナ側の意向をかなり取り入れたものだった。モスクワでロシア主導で出された声明であるだけでなく、その当時のアメリカとイスラエルの関係が、入植地問題をめぐって冷却化していた事情がある。8月20日のカルテットの声明は、厳密に法解釈的に文面を読めば、イスラエルによる入植地拡大建設の凍結が特設対話への前提条件と理解することもできる。

 しかしクリントン国務長官は自らも当事者であるはずのカルテットの声明になぜか触れず、記者も米国単独の声明とカルテット全体の声明の間の齟齬を細かく問いたださなかった。おそらく文面がその時点で配布されていなかったのだろう。クリントン国務長官としては国内やイスラエル向けには、パレスチナ側の前提条件を受け入れたとは決して言えない。そこでカルテットの声明には注目が集まらないように、タイミングを図ったのだろう。  

 ネタニヤフ首相としては、クリントン国務長官やミッチェル中東和平特使は入植地建設拡大の凍結延長を条件にしていないという立場なので、「前提条件は付かなかった」と胸を張れる。他方で、アッバース大統領としては、米国の立場は承服しがたいものの、カルテット全体からは前提条件を認められた、と辛うじてパレスチナ側とアラブ側に説明できる。外交上の「無花果の葉」だが、ないよりはましだろう。


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