前回、『弱者保護が弱者を困らせる可能性を考える』を掲載した際、「最低賃金制度については、他の弱者保護よりは考えることが多そうです」と記しました。そこで今回は、最低賃金制度について考えてみましょう。
一般論として、最低賃金制度は失業を増やす
最低賃金制度ができる前、安い賃金でも働きたい人と安い賃金で雇いたい会社が合意して雇用契約が結ばれていたとします。そうした時に最低賃金制度が出来ると、安い賃金でも満足して働いている人が、「残念だが、今後は雇えない」と言われて、失業してしまうかもしれません。
「安い給料でこき使われる可哀想な労働者を保護してあげよう」という暖かい心で作った制度が、むしろ弱者を困らせることになりかねないわけです。文字通りの意味で「情けは弱者のためならず」というわけですね(笑)。
ここまでは前回の復習ですが、最低賃金制度については、それほど単純な話ではありません。第一に、労働者階級全体としてプラスの効果があるならば、悪法とは言えないからです。
本当に可哀想な人は生活保護で救うという選択肢も
労働者階級全体への影響がプラスか否かは、労働市場の需要曲線と供給曲線の傾きによって決まります。場合によっては、大幅に賃金が上昇する一方で失業者は少ししか増えない、という場合もあります。数値例で考えてみましょう。
時給1000円なら働きたい人が10人、雇いたい会社が6社(1社あたり1人。以下同様)、900円なら働きたい人が8人、雇いたい会社が8社だとします。最低賃金法がなければ、900円で8人が雇われます。最低賃金が1000円に定められると、6人だけが雇われて、4人が「働きたいのに仕事がない」ことになります。しかも労働者階級全体の賃金は7200円から6000円に減ってしまいます。こうした場合には、最低賃金法は有害でしょう。
時給1000円なら働きたい人が10人、雇いたい会社が6社、300円なら働きたい人が8人、雇いたい会社が8社だとします。最低賃金法がなければ、300円で8人が雇われます。最低賃金が1000円に定められると、6人だけが雇われて、4人が「働きたいのに仕事がない」ことになります。しかし、労働者階級全体の賃金は2400円から6000円に増えます。こうした場合には、最低賃金法は有益でしょう。300円でも働きたかった2人は失業して可哀想ですから、生活保護で300円ずつ払ってあげましょう。
実際には、労働者は「失業しているよりは、安い時給でも働きたい」と考えるでしょうから、後者のようなケースがあり得るのでしょうね。だからこそ、最低賃金法が必要だ、というわけですね。
労働力不足の時代には、最低賃金が有益かも
上記は一般論ですが、今が労働力不足の時代であることを考えると、異なる状況が見えて来ます。本来、市場原理が完璧に働けば、労働力不足にはならない筈ですね。労働力不足になった瞬間に賃金が上昇し、労働力の需要と供給が一致するはずですから。
つまり、労働力不足だということは、「あるべき賃金水準」が達成されていないことを意味しているのです。それならば、政策的に最低賃金で賃金を押し上げて、あるべき賃金水準を達成する方が良いに決まっています。失業も発生しないでしょう。
また、最低賃金は、非正規労働者の時給を引き上げる効果があります。これにより、政府が推進している「同一労働同一賃金」に一歩近づくことが期待されます。
さらに、最低賃金を定めることは、民間企業に対し、「今後は安い労働力が自由に使えることはないのだから、省力化投資に励みなさい」というメッセージを送ることになり、日本経済全体の生産性を向上させる効果も持つでしょう。