世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年9月29日

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 8月25日、ソウル中央地裁は李在鎔サムスン電子副会長に対し「被告はグループの経営権継承で朴槿恵被告からの支援を期待し、賄賂を提供した」として懲役5年(求刑懲役12年)の実刑を言い渡しました。この判決に対し、反応は驚きと予想通りとの受け止めに分かれました。サムスンにとっては衝撃でした。その後28日に李在鎔側は控訴しています。

 裁判所の判断には批判があります。メディアや法曹関係者からは批判が相次いで出ているようです。李在鎔が無罪を主張し、請託の実証がないにも拘わらず、裁判所が「暗黙の請託」を認めたからです。「暗黙の請託」というのは法律の考え方として乱暴なように思われます。司法は何よりも実証に基づくべきでしょう。昨秋、韓国検察は朴槿恵前大統領につき同大統領からの聴取もせず、更に十分な実証を挙げることもなく、大統領と崔順実の間には「共謀関係」があったと決めつけました。検察や裁判所が実証よりも政治的結論を先取りして行動してはなりません。同様のことは長年日韓関係の法律問題に関する司法の傾向にも看取されます。李在鎔の裁判について何よりも重要なことは、法の適正手続きです。

 財閥は、経済、政治、社会、更に文化など、国の全般にわたり良くも悪くも大きな力を持っています。財閥は韓国経済、貿易を動かしており(サムスンの売上高は韓国GDPの2割に匹敵するとも言われてきた)、大学卒業生は就職のため財閥に殺到し、財閥はスポーツや文化団体への多額の寄付を行うことにより活動を支援しています。平昌冬季オリンピックについても政府が財閥などの支援に期待しているようです。財閥が雇用や社会貢献などで大きなプラスの貢献をしてきた側面を否定することはできません。関係団体もこれを当然のこととして期待してきました。サムスンなど財界の指導者は世界で活躍し、世界を知悉、日韓関係についても政府、社会の考えとは違った見識を持っている人が多いです。

 しかし、同時に、財閥に一定の行き過ぎがあるとの批判も正しいです。企業統治の問題があり、力が大きくなりすぎていることも問題でしょう。財閥の支援を求めてきたのは政治勢力の左右を問いません。財閥のトップがしばしば特赦を受けることも批判されてきました。かつて、李明博大統領は、平昌大会誘致のためと称してサムスンの李健熙会長の特赦を認めたことがあります。これまでも、朴槿恵の選挙公約などのように、財閥の民主化が言われてきましたが、なかなか動いていません。

 財閥の改革は、財閥だけの責任ではなく、国民を含め韓国社会全体の責任であるように思われます。ましてやサムスン一人を叩けば良いという問題ではありません。財閥と社会が一体になっているのですから、国全体のカルチャーを変えていく必要があるでしょう。

  
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