韓国の朴槿恵大統領が罷免された。日本の感覚では不思議な面の多かったプロセスではあるものの、弾劾は憲法に定められた手続きである。これからは大統領選や次期政権の行方に焦点が移ることになるが、その前に弾劾が認められた背景を振り返っておきたい。
私は今まで韓国司法に対して批判的な記事も書いてきた。今回の事態でも、韓国の検察や特別検察官による一連の捜査には無理が目立った。今後の公判では、無罪判決が相次ぐ事態もありうるだろう。ただし、弾劾審理については事情が少し違う。「司法の暴走」や「世論への迎合」と批判するのは簡単ではない。
自宅に向かう朴大統領(GettyImages)
不倫「偽証」で弾劾訴追されたクリントン氏
弾劾制度は、14世紀の英国に起源を持つ。国王の任命した大臣を議会が罷免するために始まった。現代においても、弾劾というのは「公職を剥奪するか否か」を問うものにすぎず、刑事罰に問えるかどうかは関係ない。韓国の憲法裁判所も今回の決定文で「弾劾の決定は対象者を公職から罷免することであり、刑事上の責任を問うものではない」と明示した。
これは各国共通の原理だ。米国の正副大統領などに対する弾劾について定めた合衆国憲法第2条第4節は訴追事由を「反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪」としている。「軽罪」というのは原文では「Misdemeanors」である。辞書で引くと、硬い表現としての「不行跡、不品行」と法律用語としての「軽犯罪」となっている。
クリントン元大統領は元ホワイトハウス実習生、モニカ・ルインスキさんとの不倫を連邦大陪審で否定した「偽証」と関連捜査を妨害した「司法妨害」で下院によって弾劾訴追された。米国では上院が弾劾審判をすることになっており、上院議員の3分の2以上が弾劾に賛成すれば「有罪」となって罷免される。クリントン氏の場合、上院で賛成票が足りなかったから「無罪」とされた。ちなみに世論調査では「弾劾反対」が圧倒的に多かった。
「弾劾」はそもそも政治的だ
昨年罷免されたブラジルのルセフ大統領にしても、下院による弾劾訴追の理由は政府予算の赤字を隠すために不正な会計処理をしたというものだった。ルセフ氏は慣例に従っただけだと主張したが、経済の急激な落ち込みと与党幹部の多くが関与した前政権時代の大型汚職事件が発覚したことで国民の怒りが爆発。連立与党から離反者が相次ぎ、上院の投票で弾劾が決まった。
国民は熱狂して喜んだが、こうした会計処理は実際に前政権まで普通に行われてきたことであり、汚職事件に関与したのは弾劾を主導したテメル副大統領(現大統領)の側だと指摘されていた。ブラジル国内では、政権を取ることで捜査にストップをかける狙いがテメル氏側にあったのではないかという見方も出ているという。ちなみにルセフ氏はその後、刑事訴追されたりしていない。
米国やブラジルでは、下院が弾劾発議し、上院が弾劾審理を行う。どちらも政治家の投票で決まるのだから政治的決定であることは明白だ。韓国は一院制だから憲法裁判所が弾劾審理を行うことになっているけれど、弾劾という制度の性格が韓国だけ違うわけではない。憲法裁判所での審理で弾劾が認められるためには「違法性」だけでは足りず、判断基準のあいまいな「重大な違法性」が必要とされているのが弾劾の特徴をよく示している。
クーデターとは違う合法的な手続きだが…
韓国では初代大統領である李承晩が不正選挙に怒った市民や学生たちによる大規模デモに抗しきれなくなって退陣したり、朴氏の父である朴正煕が軍事クーデターで権力の座に就いたり、ということがあった。それに比べると憲法に明示された手続きで弾劾が行われたことは、今年でちょうど30年となる民主化の成果だと言える。韓国で「民主主義の勝利」という言葉が語られるのは、こうした意味だろう。
ただし、これをもって「民主主義の勝利」などと持ち上げるのも、実際にはおかしな話である。理由はどうであれ、自分たちの手で選んだ大統領を任期途中で放逐せざるをえなくなったのは不幸なことであり、とても誇れるものではないはずだ。朴氏を訴追した国会側の代表者として法廷に臨んだ権性東(クォン・ソンドン)議員=国会法制司法委員会委員長=は宣告公判を受けて、「今回の事件は勝者も、敗者もない。私たち全てが勝利し、敗北した」と語ったという。こうした落ち着いたコメントが当事者から出てきていることに救いを感じる。