2025年5月13日(火)

SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威

2025年4月18日

 反移民、反ユダヤ、反ワクチン、ディープ・ステート……今やSNSでは、多種多様な陰謀論が飛び交うのが日常の景色となってしまった。そして、かつては「オカルトの与太話」であった陰謀論は、陰謀論が引き起こした2021年のアメリカ議事堂襲撃事件を契機として、今や社会の分断を深め、民主主義を侵食し、国家の安全保障を揺るがす、重大な脅威と認識されるようになった。
 そして陰謀論が拡散される様を注意深く観察すれば、その背後では中国やロシアといった権威主義国家による「認知戦」が展開されていることが読み取れる。陰謀論は今や、彼らの兵器でもあるのだ。本連載では、この新たな脅威の実態と対抗策を探っていく。
*本記事は『SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威』(共著、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
Arkadiusz Warguła/gettyimages

 現在、さまざまなサイバー攻撃を組み合わせた影響力工作が情報戦・認知戦下で行われている。影響力工作は各国が敵対国に対して影響力を行使するための工作活動の一つであるが、軍事作戦に限定されるものではなく、外交の場も含め、あらゆる種類の紛争の一部となり得る。

 影響力工作とは、原則としては、非物理的(ノンキネティック)な手段を用いて敵の意志力を削ぎ、意思決定を混乱させ、制約し、公的支持を弱めることで、発砲することなく勝利を達成する活動を言う。これには、平時であれ武力紛争中であれ、国家やその他の集団が対象となる聴衆の行動に影響を及ぼすために行う、あらゆる努力が含まれる。したがって、影響力工作はソフトパワー活動を含む、情報領域におけるあらゆる活動の総称である。

 しかし、影響力工作はソフトパワーの行使だけに限定されるものではない。武力紛争や軍事作戦の一環として行われる秘密活動や侵入活動も含まれる。これは、侵入的なサイバー能力の使用の可能性を含んでいる。

 よって、影響力工作は、平時、危機(グレーゾーン事態)、紛争中、紛争後において、国家の外交、情報、軍事、経済、その他の能力を協調的、統合的、同期的に活用し、外国の対象者の態度、行動、意思決定が自国を利するように促進する活動であると言える。

 北大西洋条約機構(NATO)の定義では、影響力工作を、情報影響力工作(IIOs:行動、発言、信号、メッセージを通じて、特定の対象者に情報を提供し、影響を与え、説得するための作戦行動)、影響力工作のためのサイバー攻撃(ICOs:対象者の態度、行動または意思決定に影響を与えることを意図して、サイバー空間のデータや通信に影響を与える作戦行動)、情報工作(IOs:軍事作戦中に、情報関連能力を統合的に使用する作戦行動。他の作戦と連携して、敵および潜在的敵対者の意思決定に影響を与え、混乱させ、腐敗させ、または簒奪するために、軍事作戦中に情報関連能力を統合的に用いること)の3つの類型に区分しており、現在の影響力工作においてサイバー攻撃が切っても切り離せない手法であると認識されていることが分かる。

 そして、ディスインフォメーションやナラティブは影響力工作のツールの一つとして機能する。これまでの研究が示すように、ディスインフォメーションは相手国の政治体制や民主的プロセスを標的にし、社会的矛盾や緊張を高め、相手国の意思決定を歪める。

 さらに、このディスインフォメーションの積み重ねで国家が戦略的に作り出したナラティブは、そのナラティブに触れたすべての人の記憶、経験、価値観、推論、感情といった認知領域を刺激し、侵入し、新たな認知を形成する。

 例えば、ロシアの侵攻を正当化する言説について、個人が反射的にそれをどの程度受け入れるか、あるいは拒絶するかは、それが事実であることを確認する前に、この言説に曝されたときの認知の機能に依存して決定される。つまり、情報戦の分野は我々の認知領域にまで及んでおり、それゆえに「認知戦」という用語が使われるようになったのである。


新着記事

»もっと見る