真剣に思いをぶつけたら、
必ず真剣に返ってくるって気付いたんです。
きっかけは事故としても、なぜ廣道は頑張ることを続けられるのか。
「努力は、たった1回の『やった』という喜びで、ぜんぶちゃらになってしまうんです。『やった』の積み重ねばかりで、失敗してもくよくよしませんから、振り返ったときに楽しいことしか記憶にない。それぐらい、僕は単純な生き方をしているんですよ」
「それに、自分が相手に真剣に思いをぶつけたら、必ず真剣に返ってくるって気付いたんです。人間は絶対に、相手が本気かどうかを見抜く力を持っている。僕自身も、いろいろな選手が『一緒に走りたい』って言ってきたとき、利用しようとしているなというのと、ほんまに強くなりたいなというのの違いは感じるし」
20代半ば、日本一を目指していた廣道は、世界チャンピオンのジム・クナーブに教えを乞おうと、英語もほとんど話せないのにアメリカに飛んで直談判。ジムはトレーニングメニューを包み隠さず廣道に教えたばかりか、後に一緒に練習する機会まで提供した。「世界チャンピオンが教えてくれたんやから、ジムの価値を下げんためには俺が勝たなあかんと強く思いました。練習量も増えたし、試合できついなと思ったときにもういっぺん頑張れたりして、それで日本一取れたんです」
目標に向かい自分を追い込むことで発せられる本気が、相手に伝わる。それに応えようとする相手の思いを受けて、自分が変わる。頑張ることが出会いを生み、そこから自分が成長できるという実感が、廣道の両腕に力をこめる。
「車椅子レースがみんな知ってる競技になれば、怪我した人がやりたいなと思えば始められるし、障害がある子どもの親が『あんた、レースやりや』って教えられる。そしたらその子がスーパースターになるかもしれん。僕は、もっと競技を広めて、強くなればプロ契約の話が舞い込んでくるようにしたい」
それが恩返しだと、廣道は言う。歩けないために明るい気持ちになれない人もいるだろう。その人たちに、車椅子レースで頑張っている人がいる、頑張れば結果がついてくると体現している人がいる、そんな姿を見せたいと思っていることも、廣道のエネルギーになっている。
そのためには、廣道さんがカッコよくないといけませんね?
「そう、スーパースターにならないとダメなんですよ。障害者は生きてるだけで頑張ってるって思われがちですが、健常者も障害者も手を抜いて生きている人はいっぱいいてるんです。スポーツでは、俺は間違いなく頑張って生きてるし、努力すればスーパースターになれるってことを見せてあげたい」
中田英寿のようなルックス、まったく悲壮感のない明るさ、当意即妙な話しぶりに筋肉隆々の上半身。廣道は、カッコよくありたいと思っているだろうし、実際カッコいい。でも廣道がカッコいいのは、外見や性格だけじゃなくて、いのちを輝かせて濃密に生きているからだろう。なりたい自分に向かって頑張る姿をさらけ出しているから、いい男だと感じてしまう。
事故や病気で死を意識することによって、のんべんだらりとした生をギアチェンジする。でもそれは、誰にでも訪れる契機ではない。だからといって、どうせ自分はこの程度と言って生きていくのはむなしい。目を覚ますきっかけは、廣道のような人に会うことかもしれない。湯気が立っているような廣道に会って、心の奥のほうで気恥ずかしさや後ろめたさを感じた筆者は、誰にも言えない小さな目標を立てて、少しだけ頑張り始めている。
(文中敬称略)