安全保障の観点から、西太平洋における力の実態を眺めてみれば、更にくっきりと、全く異なる絵柄が浮かび上がる。西太平洋地域の力の実体は、大陸国家であり、旧共産圏であり、国連安保理常任理事国であり、核兵器保有国であり、強大な通常兵力を保有するロシアと中国である。 ロシア軍の総兵力は、冷戦後、約100万人に縮小したが、通常兵力の劣勢を戦略・戦術核兵器で補うべく、核の先制使用を公言し始めた。総兵力200万人の中国軍は、世界第2位に躍り出た経済力を背景に、1990年代から進めてきた近代化に余念がない。既に、中国の軍事予算は日本の2倍を上回っていると思われ、米国軍事予算の半分に迫ろうとしている。2020年頃には、中国軍の総合的能力は、米国を除けば、東アジア随一のものとなるであろう。
これに対抗できる勢力は、米国の太平洋同盟網しかない。日米同盟、米韓同盟、米豪同盟である。核戦力、通常戦力で圧倒的な米国が、海軍力で太平洋を抑え、西太平洋海浜部にある日本、韓国に兵力の一部を前方展開することによって、大陸側の中国、ロシアとの均衡を保っている。米軍の総兵力は150万人である。その装備は情報技術を駆使した最先端のものである。これに、日本の自衛隊24万人、韓国軍67万人、豪州軍5万人の兵力が加わる。仮に、大きな紛争になれば、米国は、同盟国である欧州主要国にも援軍の要請が出来る。冷戦時代に、自衛隊が怖いからロシア軍が日本に手を出さなかったと考える人はいなかったであろう。 同様に、21世紀に、自衛隊が怖いから人民解放軍が日本に手を出さないと考える人もいないだろう。アジア太平洋という枠組みで、米国を秤に掛けて考えてこそ、初めて中露両国との安定的均衡が維持できているのである。
東アジアの安全保障が、アジア太平洋の枠組みで考えざるを得ないことは、日本の防衛だけを考えてもすぐに分かることである。在日米軍の展開は、「七五三」である。米空母機動部隊を主力とする第七艦隊、三沢及び嘉手納に戦闘爆撃機を展開させる第五空軍、それに沖縄の第三海兵師団が、日本防衛のために前方展開されている。第七艦隊の力は、海上自衛隊を遥かに凌駕するし、第五空軍隷下の戦闘機は、F15、F2を主力とする航空自衛隊の3分の1程度の戦力である。沖縄の第三海兵隊は、今でこそイラク出兵等で縮小しているが、日本が有事となれば数万の規模に膨れ上がる。
敵勢力の眼から見れば、自衛隊が怖いのではない。むしろ、自衛隊の傍にいる在日米軍が、太平洋を越えて巨大な米軍本体と連結されていることが怖いのである。日本を攻撃する国は、在日米軍を攻撃せざるを得ない。そうなれば、米軍本体が、太平洋を越えて、即座に大規模な援軍を繰り出してくる。その背後には、米軍の核抑止力という「切り札」が控えている。だから、日本は安全なのである。
このような軍事的実態を見れば、東アジアが、北米や欧州と切り離されて、米欧に対抗する独自の国際政治の場を構成するという考えが、いかに幻想的かよく分かるであろう。また、東アジアにおいて、日本が、中国やロシアを押さえて、他のアジアの国々を従えてリーダーシップをとる、或いは、日本が、米国と中国やロシアの間を仲介するという議論が、どれほど現実離れしているか分かるであろう。特に、「仲介」や「架け橋」というのは、長屋の大家さんのように、一番力があって、一番尊敬されている人の役割である。対米同盟の庇護に無条件に甘え、安全保障において自立さえできない国にできることではない。
日本の平和と繁栄に必要なTPPの加盟
日本は、第二次世界大戦での敗戦に際して、300万人の同胞の死という日本史上最大の悲劇を経験した。その日本が、わずか半世紀で今日の地位まで復活したのは、独力による東アジアの覇権という幻想を捨てて、戦後、太平洋地域の二大先進民主主義国家であった日米両国を結び付けることによって、共産圏にあったロシアや中国という大陸国家との間に、安定的な均衡を実現したからである。そして、米国が主導した自由貿易体制への加盟を果たし、製造業を主力にして対米・対欧市場への輸出を通じて、奇跡の経済復興を果たしたからである。