そして、到津の森公園は北九州市民にとって思い出の詰まった憩いの森であり、それゆえに署名運動もあったのだからと、岩野はこの9年間、公園内に樹を植え続けてきた。今では森の中の動物園という趣になってきており、これも岩野が、今の条件下でも独自性は出せるとして取り組んできたことだ。
つらくても命までとられるわけじゃない
動物園論になると、ぱんぱんに膨れた風船の口から空気が一気に噴き出すような話しぶりで、その情熱の強さは、一度は反動となって岩野を大きく落ち込ませたが、やはり「自分にはやることがある」と思わせる力となったようだ。
また、岩野には「つらくても命までとられるわけじゃない。自分を認めてくれる人が1人でもいたらいい。前向きに考えれば、ムダなことなど1つもない」という生命力への信頼とも言うべき信条があって、その自分を丸ごと認めてくれる存在が母なのだという。もう1人あげるなら小菅だ。「同じ思いを持っている人間がいるのは、すごく強い。僕がダメな時はあいつが助けてくれ、あいつが迷ったら僕が一緒に考える」。孤軍奮闘のようだが、独りではなかったことが、岩野の順風下ではない歩みを支えた。
一方で岩野は、所与の条件を変えていくには市に認められることが必要だと、頭の別のところで考えてきた。開園以来、黒字を継続してきたことが、それだ。
「黒字なのは飼育係の給料が低く抑えられているからでもあるけれど、到津はよくやっていると一般の人に思われること、ダメだと思っていたけど結構やるじゃんと市に言わせることも必要です。それなら、岩野が言うことも少しは認めようとなるかもしれないからです」
「実際に、開園時には『新しい施設はつくらない』と市に言われましたが、今では年間2億円ずつかけて、新しい施設をつくっています。このご時世、2億円かけて動物園の整備をするなんて、ありえないことですよ」
岩野の理想は高く、現在の到津の森公園はその理想にはまだ遠い。しかし、へこんだ気持ちに火をつけ直し、できることから少しずつやることで、岩野は到津の森公園の存在価値をつくってきたし、所与の条件まで変え始めている。「自分には情熱があるのに、だけど……」と何かのせいにして動かない人は、本当はたいした情熱もないだけなのかもしれない。(文中敬称略)
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