日本人のためのAIジャンプスタートコース トム佐藤
私がいまおこなっているのは、日本人向け2週間のAIのジャンプスタートコースです。多くの人々がシアトルに来る最大の理由は、ここにいればAIの最新情報が手に入るからです。例えばアマゾンがおこなうインターン制度は毎年5000人の学生を集めています。マイクロソフトも数千人単位でインターンを集めます。他の企業も同様なことをおこなっています。シアトルに留学すれば、毎晩のように実施されるAIの勉強会に参加できます。しかし、私自身も含めてもっと効率的に体系的にAIについて学ぶ手段はないだろうか、と考えました。
そこで私は、シアトルの中心部にあるノースイースタン大学コンピュータサイエンスの分校の校長、イアン・ゴードン教授にお目にかかって、まとめてAIのコースを作ってくれないかと依頼をしました。すると、ちょうどそのようなコースが必要であることを彼も感じており、専門知識がなくても学べるコースを作ることが決まりました。ノースイースタン大学は学生数2万人近いマンモス校で、学生が1万人、大学院生が5000人、研究開発者数が5000人ぐらいで、本校はボストンにあります。
この大学では、エクスペリエンシャル・ラーニングと言って有名企業に6ヵ月間インターシップとして学ぶことができます。コープ・プログラムと名付けられ、無償ではなく給料をもらいながら働けます。時給は最低35ドルからで、アマゾンやマイクロソフトで働けます。これとは逆に企業のビジネスマン向けのコースを学校でおこなっています。シアトルにあるほとんどのメジャーなIT系企業とノースイースタン大学は提携しています。
AIを企画運営するためのスキルを6日間で身に付ける
AIのビジネスを作るためには、インテリジェンスは何か、それをどうサービス、ビジネスとして商品化するのか、作り込むのか、開発の全体像を理解してもらうためのコースです。まず、セミナーがあって実習があります。最初にセミナーでAIの全てについて学びます。基本の部分が理解できていないと何ができて、何ができないかが分かりません。それから、ビジネス化に必要な開発ツールがなんであるかを理解してもらいます。AWSのAI、マイクロソフトのCATKなどのAIサーチ、それら全てに触れていきます。このコースではプログラミングは学べませんし、フレームワークも構築できません。
しかし、AIの発注ができるようになります。開発陣を集められます。そのノウハウを学ぶためのコースです。実習もしっかりやります。座学だけでなく実践も必要です。自然言語処理のアプリケーション開発を実習してもらいます。宿題も沢山でます。15名のコースに、教授レベルの先生が3人とアシスタントが3人ついてサポートします。アマゾンやマイクロソフトからも担当者がセミナーに来てディスカッションをしてくれます。全てが最先端の知識です。受講資格はありませんが、全編、英語の授業になります。AIトランスレーターと日本語が得意な先生もアシストしますが、カジュアル会話レベルの英語力は必要です。次はWebrain Think Tankのマサ岩崎氏にバトンタッチします。
AI時代に我々は何を考え何を為すべきか マサ岩崎
私は2001年からシアトル在住です。そこからAIとシンギュラリティについてどう見えているのか、私たちが考えなければならないことをお話しします。タイトルは「HunterとFarmerとAI」です。まず、文化の違い、東洋と西洋、特に日本人とアメリカ人との違いについて感じている事を話します。我々日本人はまず見ないと信じられない。見ないと進めない。「Seeing is believing」という傾向があります。そして中国から学んで来た文化があるので、過去から学ぶ傾向が強いです。会社でも良く前例はあるのかと聞かれますね。
アメリカはどうか。まず信じてから見る、作るという傾向があります。「Believing is Seeing」の社会です。そして、プラクティカル、とても実務的です。過去の前例よりも、問題ないならやってみようという社会でもあります。1968年にアメリカで公開されたSF映画「2001年宇宙の旅」にはHALというAIが登場します。将来のビジョン(映画)を見て、作っていくのです。そして日本も多くの影響を与えてきています。「鉄腕アトム」もそうですし、スピルバーグ監督も黒澤作品から多くの影響を受けています。改めて、日本はいろいろな形で世界に影響を与えきたことを再認識することも大事だと思います。
表意文字と表音文字の社会
そして、イデオグラムとフォノグラムの違い。日本語にするとイデオグラムは表意文字、つまり漢字の文化です。見た瞬間に意味を理解できます。また地図も上から見て自分が今どこを走っているのかを知りたいという傾向が強い。上から俯瞰して見たいという欲求があります。英語圏はフォノグラム、つまり音で理解する民族です。以前、ハーツレンタカーに使われていた「NEVER LOST」というカーナビがありました。これは地図もありますが主に音声で「200m先を右折します」というガイドをしてくれます。音声のガイドは私たち日本人には使い難かったのですが、アメリカ人にはとても分かりやすかったのです。違う事例では「Amazon DASH Wand」をお見せします。「Alexa」が入っていて声で注文できる端末です。バーコードをスキャンする機能もついていて、買い物リストの作成、レシピの確認などが可能です。バターがなくなったら、音声で指示するか、バーコードを読ませて、オーダーと言えば翌日にはAmazon Freshが家までデリバリーしてくれます。アマゾンはAIスピーカー「Echo」を導入してからe-commerce全体の売上が10%上がったと言われています。音声がもたらすサービスの利便性には、このように表意と表音の文化の違いが出てきます。また「Amazon GO」の投資コストが高くても彼らは構わないでしょう。Amazonというブランドの価値が上がればそれでいいわけです。
もうひとつの違い、日本はHigh context社会、アメリカはLow context社会です。日本は言わなくても分かる社会、書かなくても分かる社会です。これに対してアメリカは言わないと分からない、書かれていることが全てという社会です。日本、韓国、中国、ロシア、アラブ、アフリカなどがハイコンテクスト社会であり、スイス、ドイツ、アメリカ、オーストラリア、カナダ、イギリスなどがローコンテクスト社会になります。このような文化の違いもAIを考える上では重要です。
日本と中国で「楽」の捉え方の違い
これはある中国の方から聞いたのですが、漢字の「楽」。これを「たのしむ」と呼びます。時間もお金も思い切りかけて努力して楽しむことを意味しますが、日本人には「ラク」と読ませた。これは何もしないで過ごすことを意味します。我々は「楽をしたい」という意識が強いです。これを私は「Rakuイズム」と呼んでいます。ここにはビジネスチャンスもありますが、弱体化の危険性もあります。彼は日本に「ラク」を教えたから、我々には勝てないと言っていました。
こうしたことから考えるとオートメーションが進む未来はどの文化を基準にして作られてくるのかが重要になります。最近はRPA(Robotic Process Automation)流行りで、企業内の業務プロセスがどんどんオートメーション化されています。次々と自動化される社会の中でこの後は人間の持つ思考や意思決定も自動化される社会に入ってきます。果たしてグーグル、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブックが作ってくるAIがこのような文化の違いを本当に取り入れて作られるのか?また我々日本人の中にエンベッド(組み込むこと)されているRakuイズムにも気を付けなければなりません。常に考えることが大切です。私も文字を書かなくなったので漢字をどんどん忘れています。GoogleMapによって道順を考えなくなっています。前は自分の経験で近道にチャレンジしていました。でも3回ぐらい失敗するとグーグルを信用します。考えなくさせるのが彼らの狙いです。そしてアディクション(依存症)させます。
コンピューターの中の日本語の漢字の扱いについても、Unicodeは第二水準以下の漢字は落とされています。これは標準化とノーマライズ(正規化)の中で起きてくる事ですが、我々の文化自身も切り落とされている事になります。今後は我々の思考プロセスまで切り落とされないように気を付けなければなりません。
質疑応答
Q. シアトルと日本とのAI技術の差は大きいのでしょうか?
A. AIのエンジンの多くはクラウド上で運用されていて、世界中のPCはアマゾンのAWSか、マイクロソフトのAzureか、グーグルのGCPに接続されています。日本独自のAIを開発してもそれが使われる余地を考えると、クラウドのシェアや規模では既に大きな差が付いています。しかし、これはAIのエンジンの話ですから、日本企業がそのAIをどのように業務に生かすかはまた別の話です。エンジンはビッグスリーを使い、自社の課題を解決する為にはスタートアップのイノベーションを取り入れる。これからの産業や社会にAIをうまく使っていく方法は、日本勢がこういったアメリカ勢をいかにうまく使いこなすかです(江藤哲郎)
Q. 日本と比較してシアトルではIT企業に対して税制面での優遇はありますか?
A. ワシントン州政府は、全米の中でも税が安いと言われています。企業の法人税、個人の所得税、個人のキャピタルゲイン税、これらが全くありません。そういったことでスタートアップへの投資も含めて、起業する人が増えています。ワシントン州にあるシアトルはこれらのメリットを享受しています。スタートアップに対する州の補助金もあります。1年に1回であれば、スタートアップで日本に来る交通費、滞在費を含めて3000ドルが支給されます(江藤哲郎)
Q. AIとシンギュラリティは英語文化圏から起こるのでしょうか?
A. 現状から考えると、その可能性は高いですね。いろいろな企業の方と話しても、今からグーグルやアマゾンに対抗できるかと言えば難しいと答えます。でもチャレンジして欲しいですね。NTTはGooというサーチエンジンを諦めずに続けています。サーチの分野ではグーグルという巨人がいますが、諦めずに続けているのだと思います。全てが効率で済まされると未来はどうなるのか心配になります。例えば私が保険で治療を受けようとすると、医師が決めた検査や治療が受けられるかどうかは、保険会社のAIが判断しています。すでに私の生活の中にAIが入ってきているのです。そう考えるとちょっと怖い気がします。ですから、今から真剣に考える必要があると思います(マサ岩崎)
Q. 日本のソフト開発が遅れた原因は何でしょうか?
A. アメリカとか旧ソビエト圏では理工系を学ぶ人が多いですね。旧ソビエト圏では哲学や文学は否定されて理工系ばかりでした。アメリカの場合は理工系の方が高収入であるという理由から、どんどん増えて人材が豊富になりました。日本ではコンピュータプログラミングの教育が弱いですね。高校でも中学校でもプログラミングの授業をやるべきでしたがダメでした。シアトルでは小学生でもプログラミングやロボテックスを学ぶ人が増えています(トム佐藤)
それから言語の問題ですね。10年ぐらい前にオブジェクト指向というのが流行りましたが、日本ではなかなか発展しませんでした。最近ではアジャイル開発ですね。あれはアメリカの考え方で我々には向かないというスタンスが多いです。プログラミングは英語から来ています。この言語の差、英語ではBig Red Dogか、Red Big Dogか。この違いがネイティブな人にはすぐに分かりますが、我々には分かりません(マサ岩崎)
日本は大企業社会なんですね、その善し悪しは別として。私はスタートアップでは日本のアスキーとアメリカのマイクロソフトの両方を、大企業は電通を経験しましたが、これからは日本では大企業からスタートアップがどんどん出てくるべきだと思っています。日本の大学は今まで大企業に何人入ったかをKPI(重要成果指標)にしてきたわけで、それは急には変わらないと思います。優秀な人材が集まっている大企業を経験した人がどんどんスタートアップすればいいのです。PCの時代に乗り遅れた、インターネットの時代に乗り遅れたと言われてきましたが、今度のAIの時代に乗り遅れてはなりません(江藤哲郎)
Q. 標準化にあらがらうだけでなく、そこからこぼれたものを何か拾えませんか?
A. 世界に出た時に、我々のアイディンティティは何なのか。日本人とは何か、日本人の強さとは何かを整理しておく必要があります。これを分かりやすく説明できなくてはなりません。私は渡米して5年間はいかに自分が空っぽであったかを思い知らされました。アメリカ人の同僚に「マサ、詫(わび)と寂(さび)について教えてくれ」と言われるんです。ソフィスケートされた日本、質のいい日本、信頼を提供できる日本。この3点を忘れずに、そして常に狙われている視点を忘れず、ガードを上げておくことが大事です。最後に消費している自分を楽しまないこと。消費は誰にでもできます。もし皆さんが未来を作っていきたいならクリエーター側(作る側)に来てください。99%側ではなく1%側を目指してチャレンジしてください。そしてアメリカ人の富裕層にあなた面白いね、一緒に仕事をしないかと言われるような日本人になって欲しいと思います(マサ岩崎)
青山学院大学 青山キャンパス
シンギュラリティ研究所開設記念
連続講演会&講義および懇親会
第5回 :AI 開発で明らかになった”日本語の正体”
講 師:斎藤 由多加(シーマン人工知能研究所所長)
日 時:2018年6月24日(日)13時開演
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