個人美術館ものがたり

2011年5月16日

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赤瀬川原平 (あかせがわ・げんぺい)

画家、作家

1937年、神奈川県生まれ。60年代にネオ・ダダイズムなど前衛芸術運動に参加。80年「尾辻克彦」名の『父が消えた』で芥川賞を受賞。『散歩の学校』『昭和の玉手箱』『千利休 無言の前衛』など著書多数。

大川栄二氏
(1924~2008年)

 三井物産時代に喀血し、やむなく当時サナトリウムといわれた結核療養所に入り、そこで二年間を過した。そのころ結核は絶望的な病で、ただじっと安静に療養するしか方法はなかった。

 その退屈なサナトリウム生活に、週刊誌が回覧される。週刊誌の表紙には、当時の名だたる画家の絵が毎週載っていた。でも回覧後の週刊誌は、結核菌付着のため焼却処分される。大川氏はその作業を手伝いながらも、その表紙絵が捨て難く、許可を得て切り取って額に入れて飾ったりしていた。そのサナトリウムではそれが貴重な楽しみだった。それを日々眺めながら「絵は心のマッサージ(大川栄二)」という実感がふくらんでいく。

 額から外した後はスクラップブックに貼りつけ、そんな画帖が何十冊にもなっている。晩年、美術館が成った後も、もしもの災害時にはまずあのスクラップブックを抱えて逃げる、と語っていたそうだ。

 とりわけ絵を描くでもないごくふつうの人の気持の中に、絵を見る心、それを蒐〔あつ〕める欲求というのが自然発生していく姿が、そこにありありと見えている。

 元社員寮の建物を「あえて」美術館にしたというのも、そんな自身の実感からきている。もうひとつ、ここに収蔵される絵の額縁は、その絵にふさわしいものを大川氏自身が職人に作らせて入れ替えている。やはり観る人ならではのこだわりだろう。そのためここの収蔵庫には、額の占めるスペースがずいぶんあるらしい。

小ぶりな展示室が多いが、全体のスペースや展示数はたっぷりとあり、見ごたえ十分。疲れた足にソファーがうれしい


  所蔵作品は浅井忠に始まり、藤島武二、熊谷守一、青木繁、藤田嗣治、国吉康雄、長谷川利行、恩地孝四郎、鳥海青児〔ちょうかいせいじ〕、靉光〔あいみつ〕、野田英夫、松本竣介と、書き出すときりがない。日本の近代美術史に出てくる画家の作品が何かしら入っている。完成した大作というよりも、その途上の暗中模索の絵が多いようにも感じる。それは、とりあえず小品で買いやすかったという理由もあるだろうが、蒐集する大川氏自身の暗中模索の姿なのかもしれない。

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