「選挙で候補者ら132人殺害」。
こんなセンセーショナルなタイトルがつけば、世界中のニュースサイトが飛びつくだろう。メキシコの話題が世界を巡ったのは、12月に就任する次期大統領に左派の候補が選ばれた7月1日の総選挙直後のことだ。統計を発表したのが政府や報道機関ではなく、社員40人ほどの新興の民間調査会社エテレクト社(メキシコ市)というのがなんだか胡散臭い。
今の日本から見れば、選挙で「130人」もの死者が出るなど考えられない話だ。ちらっと見出しを見ただけで、「とんでもなく危ない国」という印象だけを抱いて、次のニュースに目を移す人も少なくないだろう。
「132人」、別の報道では「136人」という数字をよく見てみると、実際に殺害された候補者は48人だ。それでも十分多い数字だが、残りは選挙に関わった「スタッフら」ということになる(米CNNなど)。正確に伝えるなら「地方議員選候補48人が殺害」をタイトルにして、記事の中で「選挙関係者も合わせれば130人超」と伝えるのが普通だ。その発表に何らかの「恣意」を感じるのは私だけではないだろう。
推測を言えば次の3つが考えられる。
1)戦後初の左翼大統領となるアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(略してAMLO、アムロ)元メキシコ市長の圧勝に冷水を浴びせる。
2)選挙でメキシコが珍しく世界に注目されたのを好機に、この国に対するネガティブキャンペーンを展開する。
3)注目されたいエテレクト社が話題の選挙を機に、単にレポートを発表した。
では「48人の殺害」の重みを見てみよう。総選挙は全体で国会議員から村議会議員まで3400以上の議席が争われた。候補者の総数は不明だが、2万人は下らない。それで割れば、殺害された候補者は0・2%強となる。
メキシコの殺人件数は年々悪化しており、政府によると昨年は過去最悪の約2万5000人。総人口は年々増え、今は日本に匹敵し、1億2400万人を超えた。殺人被害者を、乳児も含めた全人口で割ると、0・02%となる。
この二つの殺人率を比べると、選挙候補者は通常の一般国民全体よりも殺される可能性が10倍高いということになる。やはり深刻な数字ではある。
かつて日本でも主に島嶼部での地方選で村が2派、3派に別れて対立し暴力事件に発展した例が結構あった。地方選にはその土地の利権が露骨に絡むため、対立、囲い込み、暴力へと広がるのは自然なことだ。「メキシコの候補者殺害」はこうした日本の地方選に見られた事件の果ての世界と見れば、多少の馴染みもわくだろう。
地方議員や首長候補が狙われる主因は利権争いであり、背後には地元マフィアがいる。今年12月にアムロが引き継ぐ現ペニャニエト政権、そしてカルデロン前政権は「対麻薬組織戦争」を看板にし、北部のシナロア・カルテル摘発など、効果は別にしても、目立った強硬策に一応は取り組んできた。その結果、麻薬密輸などで生計を立てていた元マフィアたちが四分五裂し各地に散らばり、石油パイプラインからの窃盗から一般人への脅迫まで、犯罪を多様化させた。
殺人を厭わない彼らは、地方政治の背後にいた旧来のマフィアに加わり、今回、候補者殺害が一気に増えたという面もある。
メキシコが一般人や観光客にとって一気に危なくなったということではない。願わくば、そう受け止めてほしい。
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