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2018年7月19日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター特任助教

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)。『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

「大国」としての存在感

 第二に、「大国」としてのロシアを内外にアピールする狙いが指摘できる。

 日本的な感覚からすればロシアは十分に「大国」であるが、ロシア自身は冷戦後、自国がそのように遇されていないとの強い不満を抱き続けてきた。というのも、ロシアの考える「大国(デルジャーヴァ)」とは、国際秩序に一定の影響を及ぼすことができる国でなければならないためである。

 この意味では、政治・経済・安全保障の枠組みが米国を中心として形成される冷戦後の秩序は、「大国」としてのロシアの危機であった。安全保障面に限って言えば、NATOの拡大、東欧への米ミサイル防衛システム配備、米国による一方的な軍事力行使などがロシアの危機感の淵源である。

 冷戦後の世界においてロシアの影響力が限られてきたのは、その経済力やソフトパワーの小ささによるものであり、それを一朝一夕に覆すことが困難であることはロシアでも当然視されてはいる。ただし、国際政治の重要な節目においてロシアが常に存在感を発揮し、無視できない存在として米国から扱われることは、国際的なイメージの面でも、内政上の支持取り付けという観点からも歓迎されるべき状況であることはたしかだ。

 2018年1月に公表された米国の「国防戦略(NDS)」においてロシアが中国と並ぶ「長期的な戦略的競合」相手とされた際、ロシアの保守派の中にこれを奇妙に好意的に評価する声が上がったのは、こうした背景による。この意味では、今回の米露首脳会談においてトランプ大統領がロシアを「好敵手」と位置付けたことも、ロシアにとっては都合の良いものであっただろう。

 まとめれば、具体的な成果は望み難く、米露の国力差も短期的には覆し得ないという状況下で、ロシアは心理的・象徴的な領域において得点を挙げることに成功したと言えそうである。ただ、これはあくまでも戦術的なものであることにも注意しなければならない。

 現在の米露対立を脱してなんらかの新しい対西側関係(それが互恵的なものであれ、一方的にロシアを利するものであれ)を構築する道筋は、今回の会談からは見出だすことができない。トランプ大統領が述べたように、これが関係改善に向けた「長いプロセス」の第一歩となる可能性はもちろん否定できないが、同時に筆者は次のようなアネクドート(ロシアの小話)をつい想起してしまう。

 特急列車「ソ連邦号」が走っている最中、前方のレールがなくなってしまった。そこでレーニンはレールを敷き、スターリンは担当者を粛清した。フルシチョフは後ろのレールを前に持ってきて敷かせた。ブレジネフはこう言った。

 「列車のカーテンを閉めて外から揺すれ。動いているような気がするだろう」

 米露関係は進んでいるのだろうか、それとも揺れているだけだろうか。

  
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