2022年11月26日(土)

WEDGE REPORT

2018年10月12日

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出井康博 (いでい・やすひろ)

ジャーナリスト

1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『THE NIKKEI WEEKLY』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)。近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)など。

 首都ハノイから南に向かって車で走ること約3時間——。稲の実った田んぼに囲まれ、祖末な家々の集落が点在している。そうしたのどかな風景の広がるタイビン省の小さな村で、タン君は生まれ育った。

 彼は高校卒業後、定職に就かず両親の住む実家で暮らしていた。そんなとき、兄弟のように育った隣家の女性が、日本へ留学したと聞いた。女性はハノイの大学を出たエリートで、日本で就職もできたという。彼女を追う形で、タン君は日本へと留学を決意する。

空き家となったタン君の実家

実家を担保に借金

 近くの町には、日本への留学斡旋業者が事務所を構えていた。その業者を通じ、彼は2015年に広島の日本語学校の留学生として来日することになった。初年度の学費と業者への手数料など約150万円の費用は、実家を担保に銀行から借り入れた。タン君の村からは、同様に多額の借金をして10人近い若者が日本に「留学」している。

 来日後、タン君はまず弁当工場で週3日のアルバイトを始めた。一つのアルバイトだけでは借金の返済ができないため、二つ目の仕事を探したが、なかなか見つからなかった。そんな事情もあって、彼は来日から半年足らずで日本語学校から失踪した。学費の支払いを逃れて不法就労するためである。

 ベトナムに残る両親には、期待していた息子からの仕送りは届かない。返済が進まない借金の問題も影響し、両親は離婚することになってしまった。現在、父親は家から姿を消し、母親はハノイの富裕層の家に住み込んでメイドとして働いている。実家は売りに出ているが、いまだに買い手は見つかっていない。タン君の「留学」が、一家離散の悲劇につながったわけである。近所の住民がため息混じりしに言う。

 「村には農業以外に仕事がない。だから多くの若者が日本へと出稼ぎに行ってしまう。中には日本で成功し、親に家を建てたような子どももいます。でも、そんなケースは例外で、タンのように行方知れずになっている者も少なくない」

 外国人不法残留者の数は2018年1月1日時点で6万6498人に上り、4年連続で増加中だ。とりわけベトナム人は前年から約30パーセントも急増し、6760人を数えるまでになった。そのうち2420人は留学ビザで入国している。

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