2024年11月23日(土)

ネルソン・コラム From ワシントンD.C.

2011年8月4日

 東シナ海での3カ国マラバール軍事演習(当初は海自も参加予定だったが見送られた)は、インドが海洋安全保障の責務をインド洋域外へ広げる意思を示唆するものと考える向きもあった。だが実際は、演習はそのような意思を示すどころか、インドが核心的利益がかかるとみなすインド洋でやるとまるで米国と同盟国の海軍戦略にぶら下げられたような形になるからそれを嫌い、遠隔海域で実施したというのが内実だったのである。

 米国戦略の内部に統合されるのではなく、一定の距離を置いて現実的に協力する(インド洋海域における米軍率いる国際的な海賊掃討作戦に対してインド政府が示した支持にも同じようなパターンが見られた)というのが、米印の2国間防衛協力の限界のように見える。

 一方で、米中間のやり取りを特徴づけるような辛辣な態度や言葉はないものの、「ボーディッチ」をはじめとした米国の海洋調査船がインド洋海域で許される行動については、その解釈を巡って米印間の対立が激化している。

地政学的な収束を追求

 2国間の防衛相互運用性を追求したがらないインド政府の態度には、年来自主外交を金科玉条としてきた遺風が確かにある。そう言って片付けてしまうこともできそうだが、実はもっと奥深い戦略的な計算も働いている。

米印の蜜月関係が絶頂期だった2007年に当時のインド外相が概説したように、冷戦の2極分化の終焉とともに、独立後のインド史上初めて、世界的な極である大国それぞれとの協力拡大がその他の大国との関係改善をもたらすという好循環が生まれた。

 そのような有益な作用が途絶えず続くようインド政府が取った外交戦略の核心は、ある大国との2国間関係を、もっぱら別の大国との関係を不利にするまでには決して強化しないというものだった。

 反対に、米国とインドの防衛上の絆とそれに伴う調達関係が中国、ロシア政府では非公式な軍事・政治連携の前兆と見なされたという点では、中ロ両国の幻滅感は関係改善の有益な好循環を反転させ、インド政府の多次元ベクトルの外交戦略の要をぐらつかせる恐れがあった。

 結局あちらを立てればこちらが立たずで、中国政府(米印の防衛関係の標的となるかもしれない国)とロシア政府(米印の調達関係によって損をしかねない国)は、米印防衛協力の範囲を狭める制約要因となっている。

 さらに、インド政府内でも、米国とのそうした関係は近隣海域の安全保障に求められる要件をいくらか超えていると見なされているという点で、半ば非公式な軍事連携の特性を備えた米印防衛協力はよくて(あるとしても)遠い将来に向けた憧れにすぎない。

 ビルマ(ミャンマー)海岸沖の掘削・パイプライン施設を守るために中国政府が海軍を派遣するような事態になれば、この計算が変わってくるかもしれないが、現時点ではそのような成り行きは仮想的なように見える。

 とはいえ、アジアにおける安定した地政学的均衡は依然、インドの国益の必要条件だ。そのためインド政府内には、多国間主義のアジア安全保障のオープンな枠組みの中だけでなく、米国との2国間関係や日本を加えた3カ国間関係の中でも、均衡状態を保つべく認識と評価を共有しようとする意欲はある。

 最近発表された日米印の高官レベルの対話機構や、発足間もない東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大国防相会議(ADMMプラス)は、この点で有益な場を提供するだろう。

 2010年にハノイで開催されたASEAN地域フォーラム(ARF)がそうだったように、中国の過度な勢力拡大を抑制するための外交上の対抗策を講じるうえでも、アジアにおける3カ国間、あるいは多国間の防衛・戦略協力の可能性と限界について微妙な理解を浸透させるうえでも役立つはずだ。


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