海外で最も知られた日本酒とも言える純米大吟醸「獺祭」。「変わり続けることが社是」という意識でおいしい酒造りに挑み続ける。
「今年2月、国内外の売上が初めて逆転しました。3月はそれを上回る動きです」と、純米大吟醸酒「獺祭」の蔵元、旭酒造社長の桜井一宏さん。海外で最も知られた日本酒とも言える獺祭。来春には米・ニューヨーク州で現地生産も開始する。日本と同じブランドを使うのではなく、気候や、入手可能な材料も含めた現地の環境を前提に最高の酒を造る事が目標だ。
国内においては、獺祭の品質管理を徹底してくれる小売店や外食店とだけ取引をしてきたが、海外に販路が広がれば、管理のハードルは上がる。
「最近中国で、非常に大きな売り上げを上げていた取引先との取引を解消しました。今やインバウントも増えていて、国内と海外のお客様がリンクする形になっており、国内外の品質に差があることは許されません。取引先や飲食関係者に管理を徹底することを認識してもらうため、台湾などでは、管理不足の獺祭とちゃんと管理した獺祭を飲み比べてもらう講習会を行いました」
原料調達でも、今年から酒米の山田錦の生産農家を対象に1俵50万円で買い取るコンテストを開始する。最低買い取り単位は50俵なので2500万円以上ということになる。通常の山田錦の価格は1俵で2万5000円程度のため、20倍以上である。
「コメ農家さんを回らせていただいていて感じるのは、高齢化です。若い人にも農業に魅力を感じてもらいたいという思いと、我々もそのおコメにふさわしい新しいお酒を造りたいという思いで考えたプロジェクトです」
昨年7月の西日本大豪雨では、山口県岩国市の製造拠点も被災し、約1カ月間操業停止を余儀なくされたが、それもプラスにとらえている。
「大きな被害を出しましたが、多くの方々のご支援もあって迅速に復旧することができました。社内では、発酵中に被害を受けたお酒を品質的にどう立て直していくか、生き残ったお酒をどのように出荷できるようにするか、非日常的な部分でのチャレンジとなりました。皆が創意工夫し、それを乗り越えることで、逆に団結力が高まるといった効果もありました」
業界の常識にとらわれない挑戦の繰り返しから生まれた獺祭
こうした考えの背景にあるのが「変わり続けることが社是」という意識だ。そもそも獺祭は、杜氏の経験や勘ではなく実証的な製造方法、四季醸造など、業界の常識にとらわれない挑戦の繰り返しから生まれた。
「アメリカで酒造りをするなら、稲作の盛んなカリフォルニアじゃないの? と疑問に思われる方が多いです。でも、全米、そして海を越えたヨーロッパなどへの食文化の発信という意味ではニューヨークです。海外では、まだ日本酒は〝特異〟な飲料です。より日本酒を一般化していくには、彼らの食文化に踏み込み、変えていく必要があると考えたのです」
実際に動いてみると「アメリカでも山田錦を作っていることが分かったんですよ」と、喜ぶ桜井さん。変わろうとし続けるからこそ、新しい出会いや発見があり、たとえ、失敗や困難にぶつかっても良い経験ととらえられる。そうした積み重ねが、今年よりもまた来年と獺祭をより美味しくするための糧になる。獺祭の挑戦は、変化し続けることの大切さを改めて教えてくれている。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。