スイスで一番の富豪はスウェーデン人で家具販売大手イケアを創業したイングヴァル・カンプラード氏。レマン湖に面したヴォー州に居住地を持っている。また、ドイツ人のF1ドライバーのミハエル・シューマッハ氏が現役時代、税率が高い母国ドイツから、スイスの寒村に移住しようとして大問題になったこともある。
スイスは周辺諸国に比べて税率が低いだけではない。その「税制競争」は徹底している。実は、国内でも激しい税率競争を繰り広げているのだ。
スイスにはカントンと呼ばれる州がある。わずか九州ほどの国土に、その数は26(準州を含む)に及ぶ。もともと州が集まって連邦を成しただけに、連邦よりも州の権限が強い。州ごとに法人税の税率もバラバラだが、所得税でも州に税率の決定権がある。所得税の連邦税(最高税率11.5%)は全国一律だが、州税はこの26の州が独自に税率を決めているのだ。
金融大手のUBSは毎年、「Switzerland in Figures(数字で見るスイス)」という小冊子を作って配布しており、ウェブでも見ることができる。そこには州別に税率の一覧表が載っている。
これによると、例えば所得が20万スイスフラン(約1800万円)の人の所得税率(国税・州税・市町村税・教会税の合計)は、フランスとドイツの国境に近いバーゼル・ラント州が最も高くて26.01%。これに対して最も低いのがスイス中部のツーク州の12.57%だ。
ツーク州は戦略的に所得税率を引き下げることで各地から富豪を集めている。ちなみにツーク州は法人税率が低いことでも有名で、起業家が会社登記をすることでも知られる。隣のシュヴィーツ州も同様の戦略を取り、所得税率は14.26%とスイス全体の平均(20%弱)よりも低く抑えている。
この税率表には他にも資産税の税率や自動車保有税の税率も載っている。自分の所得水準ならば、どこの州に住むのが有利なのか一目瞭然というわけだ。
日本でも長年、地方分権が議論されてきた。地方の改革派首長は異口同音に、権限と共に財源を地方に移管せよ、と言い続けているが、一向に実現しない。
日本の地方交付税交付金を軸とした税制は、国が一括して税金を徴収し、それを地方に再配分するモデルだ。豊かな土地の税収を、貧しい地域に手厚く配分することで、地域間の経済格差が大きい時代には一定の役割を果たしてきた。
だが一方で、都市計画税などの一部の例外を除いて、地方に税制面での裁量権はほぼなかったと言っていい。地方税については、税率引き下げは法的に問題ないとも言われるが、現実に税率を下げようと思えば、国が強く難色を示すことになる。まして国税の基幹税である所得税、法人税、消費税については、地方自治体は一切口が出せなかった。その結果、多くの地方自治体が国からの交付金や補助金にどっぷり依存し、財政的に自立しようという気概を失ってしまったのではないか。
では、今後、地方分権を推進した場合に、税制はどうすべきなのか。正式な議論が行われているわけではないが、多くの霞が関官僚は、「消費税を地方に移管すべきだ」と答える。確かに米国では州ごとに消費税率が違う。だが、消費税の税率を変えたくらいでは企業や個人の移転は起きず、地域ごとの産業政策や富裕層誘致などを行うことは難しいだろう。つまり、地方分権しても消費税の移管では「税制での競争」は起きないとみていい。
「北海道は法人税率が東京の半分以下」「沖縄は金融商品の相続税がゼロ」「所得税率は九州が最も低い」「消費税率は大阪が最低」――。こんな具合に日本の各地が創意工夫で税制のあり方を考えれば、それぞれに特色を持った地域経済が出来上がるに違いない。
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