2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年7月4日

 2018年6月のシンガポールでの米朝首脳会談から1年が経つ。トランプ政権の北朝鮮外交は解決への道筋が見えないまま膠着状態に陥った。6月30日に、トランプと金正恩は板門店で劇的な再会を果たしたが、これにより北朝鮮の非核化が急速に進展すると考えるのは難しい。目標は、依然として、ただプロセスを生かしておくだけのように思われる。唯一動いているのは金正恩とトランプの間のチャンネルである。今回の板門店での会談に至るまで、両者の間の手紙のやり取りは途絶えていない。

(LironPeer/Roman Tiraspolsky/Alesikka/iStock)

 最近も、6月11日にトランプ大統領が、金正恩から「美しい手紙」を受け取ったことを明らかにしている。北朝鮮の朝鮮中央通信は6月23日、金正恩がトランプから親書を受け取ったことを報じている。それによれば、トランプの手紙には「興味深い内容」が含まれており、金正恩は親書を「素晴らしい」と評価した由である。受け取った時期は明らかにされていない。6月23日というと、中国の習近平主席が6月20-21日に中朝国交樹立70周年を記念して訪朝した直後のタイミングに当たる。習の訪朝には、当然、対米牽制の意味があった。トランプから親書を受け取っていたことを公表したのは、やはり金正恩とトランプとの間のチャンネルを閉ざすつもりはないというメッセージだったと考えて間違いない。

 今年2月にベトナムのハノイで行われた2回目の首脳会談は物別れに終わった。ハノイでは、トランプが金正恩に「大取引」を突き付けたとされる。その詳細はよく分からないが、北朝鮮の核兵器と核物質を米国に引き渡すことを含む完全な非核化と引き換えに米国が制裁を解除することを中核とする案だったと伝えられる。そのような過激で一方的な印象のある一発勝負の取引に応ずる用意は金正恩にはなく、それが原因で首脳会談は決裂した。首脳会談が金正恩の顔に泥を塗る形で終わった時から、米朝交渉が動かなくなることは予期されたことである。

 シンガポールの首脳会談から1年になるが、非核化の交渉は全く進まない。だからといって、北朝鮮との交渉を終わらせることに政治的利点はない。「外交は継続中」ということが可能であり、そして北朝鮮の挑発が一定の限度にとどまる限り、膠着状態を維持することはトランプにとって政治的利益である。可能なら、大統領選挙がもっと迫ってから、もう一度首脳会談を行うことがトランプにとって大きな利益となる。3度目の首脳会談に至らなくとも、些か詐欺的であっても北朝鮮外交の成果らしきものを維持し得ていることは重要に違いない。であればこそ、トランプは金正恩からの手紙を利用して関係が保たれていることを誇大に宣伝し、北朝鮮が短距離ミサイルを発射しても挑発行為とは見做していないように装っている。

 一方、金正恩が何を考えているか分からないが、トランプに手紙を寄越したり板門店での会見に応じたところを見ると、制裁の解除を実現したいという少々の焦りはあるかも知れない。トップ同志の交渉で事態の打開を図ることへの期待を捨て切れないでいると思われる。北朝鮮はハノイ提案のような「大取引」は何度持ちかけられても応じないことを繰り返し表明して来ているから、段階を追った小刻みの取引の積み重ねの方式に引き込みたい思惑であろう。米国としては、ここは待つことが肝要である。「トランプは、一般に思われている程、是が非でも取引をしたいと思っている訳ではない」という米政府筋の説明は後付けの便宜的な説明ではないかと思うが、それならそれで結構であり、待てば良い。待って金正恩の出方をもう少し見極めるのが良策であろう。そのうち、金正恩が核実験や中長距離弾道ミサイルの実験という挑発に出るかも知れないが、その時はその時に手段を講じればよいことである。

 なお、ワシントン・ポスト紙のコラムニストJosh Roginは、6月13日付けで‘Trump’s North Korea diplomacy isn’t dead. But it’s on life support’(トランプの北朝鮮外交はいまだ死なず。しかし生命維持装置につながれている)と題するコラムを同紙に書いている。言い得て妙である。                                   

  
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