司馬遼太郎『坂の上の雲』にそんなことが書いてあったか、思い出せなかった。例えばロケット型魚雷「アスロック」を射出した後の発射管を、下から見上げるとよい。付着する煤をどう取るか必ずや疑問がわく。「人間が穴によじ登って、小一時間使って拭き取るんです」が、担当曹長の教えてくれた答えである。
一個の職場であることは、こことても変わらない。士官は全国各地へ頻繁な転勤が習い、下士官にしても命令一本で長い航海に出る生活は厳しい。晩婚になるし離婚も多い。が先任伍長、掌帆長(甲板作業の指導者)ら、鍛えた体、日と潮に焼け皺だらけの首筋を持つ大人たちが作る職場には、危険に満ちた海への備え、その延長上にあるいはあり得る非常時への準備を怠らない気風が育つ。
子供から急速に大人へ
カリブを覆う中国の影
だから筆者が見た第2のものは、このような職場に突如放り込まれ、彼らの上に立つ指揮官たれと迫られた若者たちの顔に隠しようもない明らかな戸惑いだった。
下は高校出たて、上は定年間近の53歳まで、雑多な人間の集団がじき彼らの部下になる。5カ月の航海はオフィサーとして必要な技能を促成栽培する以上に、子供を急速に大人にすることをその目的とする。
水色帽子たちの顔に張り付いた当惑とは、そんなに突然大人になどなれるものかという違和感に相違なかった。ここでいち早く一皮剥け、背筋を伸ばして腹から声を出し命令を下せるようになった者が、高評価を得る。練習艦隊において司令部とは、若者選別の査定会議でもあった。
戦闘艦「みねゆき」に、まだ女性を収容する部屋はない。それゆえ浴室の近くなど、女性なら正視に耐えまいという光景が現出する。練習艦「あさぎり」にハイラインで移ってみると、副長からして女性だった。
指揮において揺るぎなく、心遣いにおいてふくよかなものを同時に要求される立場にあって、女性士官たちは各々苦労を抱えている。副長には小学2年の娘がいる。今次航海の5カ月間、「両親が(娘を)見ていてくれるから、私はまだ幸せな部類」なのだそうだ。彼女にはパイオニアとして後続女性自衛官の模範たらざるを得ない宿命もある。
軽くはない圧力に立ち向かおうとする彼女らの潜在力を、十分伸ばす海自であって欲しい─この度覚えた第3の視点、というより願望だ。
キューバとハイチの間を抜けた艦隊は、気象幕僚がうまく荒天を避けたためだろう、淡青色の穏やかなカリブ海をひた走った。が、この辺り、アンティグア・バーブーダら小さな島国にも、中国政府は不釣り合いなまでに多額の援助を与えている。
とそんな、中国海洋戦略を考えさせる話を下士官食堂でし、見習士官たちにした。海自が担うべき任務は今後増えこそすれ、減りなどしないことを納得して欲しかった。
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