2022年12月8日(木)

五輪を彩るテクノロジー

2019年9月7日

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黒井克行 (くろい・かつゆき)

ノンフィクション作家

1958年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家。人物ドキュメントやスポーツ全般にわたって執筆活動を展開。主な著書に『テンカウント』(幻冬舎文庫)、『男の引き際』(新潮新書)、『高橋尚子 夢はきっとかなう』(学研)、『日野原新老人野球団』(幻冬舎)、『指導者の条件』(新潮新書)、『ふるさと創生―北海道上士幌町のキセキ』(木楽舎)他多数。

「設置された観測機のデータだけでは計り知れないものが現地にある。ビルの間から吹いてくる風を体感するのは重要だし、だいたい現地視察もしない人間の予報など選手から信頼されない。信頼関係を築くことも大事だ」

 さらに、浅田氏は「スタートは早朝6時。レース後半の7時半を過ぎると気温は上昇し、選手は直射日光をもろに受ける。終盤の長い上り坂で、どれだけ体力を温存できるかが勝負の鍵だ」と強調する。

アナログとテクノロジーの融合

 いかにダメージの少ない走りをするか。気象状況を掴(つか)んだ走りにアドバンテージは小さくない。汗を流して得たデータを用いて勝利を手繰り寄せるのが「都市気象予測モデル」である。

 筑波大学と共同研究している最新鋭のモデルで、高層ビル群によって引き起こされる風や人工排熱など、これまで計算できずにきた問題を解決してしまったのだ。まさに東京という大都市でこそ効果を発揮するテクノロジーだ。また、ピンポイント予報も5メートル四方の点ほどでも可能だという。それに基づいて給水ボトルの中身も、たとえば「鉄分を多めに調合する」とか選手のパフォーマンスを上げる最善の準備ができるのだ。予報センターの坂本晃平氏は自信をませる。

「走っている時間帯にどこからどれだけの風が吹いてくるか。また42・195キロの中で高層ビルが作り出す日陰や日なたによって変わる路面温度をあらかじめシミュレーションでき、選手は走るべきコースを想定できる」

 選手にとっては事前に信頼ある筋からの情報でレースに臨めるのは心強くストレスのない走りを可能にさせる。「天」だけでなく、「点」をも味方につけるテクノロジーだ。

競技によっては海上で計測、屋内競技では?

「スポーツ気象チーム」は他にも、たとえばセーリングだが、レースに向けたデータ観測に余念がない。
 オリンピックのちょうど1年前の期間中に、会場となる江ノ島沖5㎞まで6艇のボートを出し、洋上で観測をしていたのだ。風向や風速、それに潮の流れなどのデータの収集だが、スタッフは終日、洋上で船酔いと戦いながらのまさに体力勝負の観測を続けた。得られたデータの解析結果は選手にとってこれ以上心強い味方はないはずだろう。
 ラグビー、マラソン、セーリング、他にも彼らが観測対象としている競歩やトライアスロン等いずれも自然から直接影響を受け、勝負の行方を左右させる屋外競技ばかりだが、屋内競技にも彼らの活動の場があった。
 バドミントンはシャトルというコルクに羽根が埋め込まれた重さ5グラムの球で行われるが、気温や湿度の変化による空気抵抗の差でシャトルの飛距離が変わってくるという。たとえば、気温が高く湿度が低い時はよく飛ぶ。だから、試合前に会場の温度が測られるわけだが、彼らはさらにそこから一歩踏み込んだ観測とデータ解析を行っていた。“空調がどのくらいの温度に設定されるとどれくらいの風の対流が起きるのか”と。
「そこまでやるのか……」
 目では認めることのできない、まさにこんな微妙なデータがメダルの色を変えるという
のだが……。                                    
「情報を入れてでき得るかぎりの準備をした先にマイナスは絶対にない。必ずプラスに出
ると確信している」
 このために浅田氏らスタッフらの流す汗の量質ともに金メダル級といっていいだろう。

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