2024年12月5日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年10月4日

 9月14日、サウジ東部のアブカイクとクライスの石油施設が攻撃された。アブカイクは日産700万バレルの処理能力を持つ世界最大といわれる原油脱硫プラントであり、クライスは日産150万バレルの油田である。この攻撃でサウジの石油生産量は日産980万バレルのうち半分以上の570万バレルが減少し、石油価格は20%急騰した。幸い今回は、米国による備蓄放出やサウジによる輸出量の維持などで、石油市場はそれなりに落ち着きを取り戻しているが、攻撃は中東情勢と世界の石油市場に大きな衝撃を与えた。

d1sk/grebeshkovmaxim/TomasSereda

 まず問題は、誰が、どこから、どのような攻撃をしたかである。

 誰が実行したかについては、イエメンのホーシー派が攻撃したと認めたが、米国とサウジはイランが攻撃した可能性が極めて高いと言っている。イラン政府はこれを否定している。

 どこからかについては、誰が実行したかと密接に関連しているが、ホーシー派は当然イエメンからと言っている。一方、CNNは、米国とサウジの捜査当局が、イラク国境に近いイランの基地から発射された可能性が高いと結論付けた、と報じた。

 どのような攻撃をしたかについては、ホーシー派はドローン10機を使ったと述べ、AFPは米シンクタンクの「ソウファン・センター(Soufan Center)」もドローン10機が使われたとしている、と報じた。他方、米高官は、数十の巡航ミサイルと20以上のドローンが攻撃に使用されたと述べている。

 このように、誰が、どこから、どのような攻撃をしたか、つまり攻撃の実態についてはいまだ真相が明らかにされていないが、ホーシー派がかなりの攻撃能力を持っていることは確からしい。ホーシー派は最近ドローン技術を大幅に増強していると言われ、GPSを使った精度の高い、航行距離最大1500キロのドローンを持っていると報じられている。その上「アルクッズ」と称する長距離巡航ミサイル、爆弾を搭載して1500キロ先のターゲットを攻撃できる「サマド3」と称する巡航ミサイルも持っていると報じられている。

 このような攻撃能力をホーシー派が自ら開発したとは考えにくい。イランから提供されたか、少なくとも技術指導を受けたことが十分推測できる。イランが攻撃したということが、ドローンやミサイルをイランが提供したか、イランが技術指導をしたということを意味するのであれば、例え直接攻撃していなくても、実体はイランが攻撃したと同じとも言える。

 今回の攻撃で米・イラン関係は危機的状況に陥った。危機の根源は、トランプによるイラン核合意からの撤退にある。核合意撤退後の米国による対イラン制裁の強化で、イランの石油輸出は大幅に落ち込み、イラン経済は深刻な不況に陥った。イラン指導部としてはこれを黙って見過ごすわけにいかず、何らかの報復措置を取らざるを得なかった。一時報道されたトランプ・ロウハニ会談は核合意への回帰の第一歩になったかもしれないが、イランは実質討議をする気は無いようである。

 これまでのペルシャ湾でのタンカーの捕獲や米国のドローンに対する攻撃が抑制的であったのに対し、今回の攻撃は大胆な報復である。トランプ政権としては目に見える形の報復措置を取らざるを得ない。ポンペオ長官はサウジを訪問し、今回の攻撃はイランが行ったものと断定し、イランに対しいかなる措置を取るかを関係国と協議すると述べている。トランプはイランへの制裁を一層強化すると言っている。制裁の強化が具体的に何を意味するのか明らかでないが、これらの発言から見ると、少なくとも当面米国はイランに対する軍事的行動は考えていないようである。トランプも戦争はしたくないと言っている。しかし、米・イラン関係は危機的状態にあり、どのようなエスカレーションがあるか予断を許さない。

 イランとその代理人への報復として、シリアにおける革命防衛隊の拠点への空爆などは可能であろうが、それが持つイラン抑止効果はサイバー攻撃などと同様、限られているだろう。米国とイランの軍事力には大きな差があるが、イラン周辺地域での軍事バランスについては、ロジスティクスの問題もあり、米国が圧倒的優位にあると言えるのかどうか疑問もある。イランは米国には地上軍を出す力も意図もないと見くびっているところがある。そう考えると、政治・外交的解決を試みてみるほかない。イエメン紛争の激化と米国のイラン核合意からの離脱という二つの大きな失策を是正していくしかないように思われる。

  
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