2024年12月10日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年9月4日

 ヒズボラは1980年代にシーア派の原理主義的組織として発足したものだが、近年、レバノンのスンニ派やキリスト教グループへの影響力を拡大しているようである。フリーランスのジャーナリストMichal Kranzは、Foreign Policy誌(電子版)に8月9日付で掲載された論説‘Hezbollah’s Rainbow Coalition’で、次のように指摘する。

(Bumblee_Dee/flyingv43/iStock/Getty Images Plus

・ヒズボラは、レバノンのあらゆるグループの不満に付け込むことに成功しており、かつてないほどキリスト教徒、スンニ派、ドゥルーズ派への影響力を強めている。

・ヒズボラが議会で非シーア派グループへの影響力を大きく増大させたのは2018年5月の議会選挙においてであった。ヒズボラグループが議席を増やしたのみならず、同盟関係にある「自由愛国運動」がレバノンのキリスト教政党で最も強力となった。その上、親ヒズボラのスンニ派議員6名が当選し、サード・ハリリ首相が率いる、従来支配的だった反ヒズボラ、スンニ派党である「未来運動」は議席の3分の1を失った。

・レバノンのキリスト教徒はスンニ派よりはるかに多くヒズボラを受け入れている。ヒズボラとキリスト教徒の提携は、ISへの対処、シリアの避難民の返還問題での立場が同じことでさらに強化されている。

・ヒズボラは レバノンの少数グループの擁護者との評価を高めている。資金供与が特にスンニ派に対するヒズボラの影響の拡大に重要な役割を果たして来た。

・将来のことは分からないが、ヒズボラが非シーア派グループを優先していることは明らかである。ヒズボラはその成功のおかげで、ヒズボラの出自がシーア派であることに極力言及せず、レバノン全体の将来を語ることができている。

・好むと好まざるとに関わらず、ヒズボラがレバノンを支配しているのは周知の事実である。

 ヒズボラは2つの顔を持っている。一つは過激なシーア派の軍事勢力であり、もう一つはレバノンの有力政党としての政治勢力である。

 前者の側面については、ヒズボラは特にイスラエルと対決してきた。そもそもヒズボラが生まれたのはレバノン内戦の最中の1982年、レバノンにおけるイスラエル軍の軍事作戦への抵抗を契機としたもので、その後もイスラエルとは何回も戦火を交えている。その他に中東各地でテロ活動を行ってきており、米、EU、豪州、イスラエル、エジプトなどはヒズボラの全体または一部をテロ組織に認定している。日本の公安調査庁は、ヒズボラを注目される国際テロ組織の一つにあげている。

 他方、政治勢力としては、ヒズボラは以前からレバノンの議会に議席を持っていたが、2018年5月の総選挙で自身議席数を増やしたのみならず、同盟関係にあるキリスト教多数派政党の「自由愛国運動」が最大のキリスト教政党となり、また親ヒズボラのスンニ派議員6名が当選し、ヒズボラグループは議会で最有力のグループとなった。難航の末2019年1月31日ようやく成立した新内閣では、ヒズボラは貿易担当国務大臣の他に、保健大臣、青年・スポーツ大臣、議会担当大臣のポストを占めている。

 ヒズボラが政治勢力として拡大したのは、イスラム主義の背景を弱め、キリスト教徒、スンニ派、ドゥルーズ派への影響力を強めた結果だという。今やヒズボラはレバノンでれっきとした有力政党である。これはヒズボラを支援するイランにとっても好都合である。イランはイランから、イラク、シリアを通ってレバノンに至るいわゆるシーア派三日月地帯の形成、強化を図っており、レバノンは枢要な地位を占めている。そのレバノンでヒズボラが国民の支持を広く受けた存在であることは、シーア派三日月地帯を強化するものとなっている。米国やイスラエルにとってシーア派三日月地帯は手ごわい存在になったと言うべきだろう。

 米国やイスラエルはヒズボラの2つの顔のうち、軍事勢力としてのヒズボラを重視し、制裁を含め厳しい姿勢で対処し続けるだろう。しかし、レバノンにおける政治勢力としてのヒズボラを無視することはできない。レバノンという国に対処する場合には、ヒズボラの存在と影響力を考慮に入れざるを得ないだろう。

  
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