2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年10月21日

 北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、10月3日、2日朝に新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3号」の実験に成功したと伝えた。韓国当局によれば、いわゆる「ロフテッド軌道」で打ち上げられ、450キロ飛行し、高度910キロに達したとのことである。通常の射程は約2,000キロと見られるとのことである。これは、従来の短距離ミサイルの実験より北朝鮮のミサイル能力を一段と向上させたものとみられる。

kudou/LAUDISENO/iStock / Getty Images Plus

 これまで、北朝鮮の短距離ミサイルの実験について、トランプ大統領は、問題ないと反応してきたが、今回は、「見てみよう。北朝鮮は協議を望んでおり、協議は間もなく始まる」と、従来とは違う反応を示した。 

 従来の短距離ミサイルの実験と異なるのは、まずそれがSLBMであるからである。SLBMは、戦略核兵器運搬手段の3本柱のうち、最も生存の可能性が高く、信頼度の高い報復兵器である。潜水艦で探知されることなくどこにでも行け、相手のどこの地点でも攻撃できる。北朝鮮が実戦で使える潜水艦を持てるのは、専門家によれば3~5年先とのことであるが、金正恩委員長は実用化の方針を堅持するであろう。 

 今まで、トランプ大統領は、「ICBMの実験を停止させ、米国は安全になった」と強調してきていたが、北朝鮮の SLBM が実用化されれば、米国の安全は保障できないことになり、トランプは同じ発言ができなくなる。 

 今回の実験がこれまでの短距離ミサイルの実験と異なるもう一つの理由は、実験で固形燃料が使われたと指摘されていることである。これまで北朝鮮のミサイルが使っていた液体燃料は、燃料や酸化剤の注入に30分以上かかり、発射の準備が発見されて先制攻撃を受ける可能性があったが、固形燃料は事前に燃料などを注入しておくのですぐに発射でき、奇襲攻撃に有利とのことである。この夏、北朝鮮が何回か実験した短距離ミサイルKN-23は、固形燃料を使用していると言われる。固形燃料を使うことで、北朝鮮のミサイルの脅威が一層高まる。 

 このように、金正恩委員長は、トランプ大統領がICBM以外の実験には目をつぶるとの立場をとっていることに付け込んで、北朝鮮のミサイル技術の向上を着実に図っている。 

 トランプ大統領は、北朝鮮との交渉に期待し、米国のニュース解説メディアVOXによれば、米国は今回の実務者協議で、北朝鮮が寧辺の核施設の閉鎖と、そしておそらくはウラン濃縮を終わらせれば、北朝鮮の繊維と石炭の輸出に対する制裁を中断するとの提案をするとのことであった。 

 しかし、報道によれば、北朝鮮の金明吉首席代表は、10月5日夜の米朝実務者協議後、記者団に「交渉は私たちの期待を満たさず、交渉は決裂した」と述べた由である。一方、米国務省は、北朝鮮のコメントについて「議論の中身を反映していない」と述べるとともに、協議継続に前向きな発言をしたと報じられている。 

 本来、米朝協議は米国が圧倒的に優位な立場にあるはずなのに、協議は一向に進まず、その間に北朝鮮はミサイル技術の向上を着々と進めている感じである。 

 トランプは金正恩との首脳会談を踏まえ、歴史的成果を上げたいと強く望んでおり、金正恩に足元を見られている感じがする。歴史的成果を上げる見通しは遠のいたが、トランプ大統領としては、協議で何らかの成果を上げたいところであり、肝心の北朝鮮の完全非核化という目標には妥協する恐れがある。 

 今回の北朝鮮の実験は、日本の安全保障にとって重大な意味がある。日本は北朝鮮のミサイルの脅威の下にあるが、もしSLBMが実用化されれば、脅威はさらに増すことになる。日本政府はすでに米国政府にこの懸念を伝えているが、その努力を強化する必要がある。それとともに、日韓関係の悪化はあるものの、日米韓の連携を強めるべきである。と同時に、日本の安全保障に対する北朝鮮の脅威について、日本国内での認識を高め、対応策を検討すべきである。

  
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