米国では、このところ在韓米軍撤収論が強まっているようである。米国のシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のハムレ所長(元国防副長官)は、9月24日の講演および中央日報とのインタビューで、「トランプ米大統領が北朝鮮とのさらなる首脳会談の後、在韓米軍を撤収させるのではないか心配だ」と述べるとともに、米議会と外交関係者の間でも在韓米軍撤収の声が高まっているとして「多くの議員が、在韓米軍撤収は可能という声を出しており、その数はこの数年間に増えている。しかし、北朝鮮問題さえ解決すれば米軍は朝鮮半島から離れてもかまわないという考えは根本的に誤りだ」と述べたという。
これを受けて、韓国の保守系の中央日報は9月26日付けの社説‘A rush to insecurity’(原題:「尋常でない在韓米軍撤収論」)で、強い懸念を表明している。同社説の主要点を紹介すると、次の通りである。
・我々が自分自身を守るべきだということは否定できない。在韓米軍も将来いつかは撤収すべきだ。
・しかし、撤収は北の核の脅威が完全に除去された後でなければならない。北の核は20年以上にわたり解決されていない。今でも北の核兵器は確実に増えている。
・北はこれまで米国による体制保証を要求してきた。同時に北は、北の安全保障の脅威となる在韓米軍を撤退させたい。米韓がこの北のロジックに同意すれば、北の核脅威が残ったまま在韓米軍が撤退することに向かいかねない。これは最悪のシナリオだ。
・文在寅大統領は9月24日の国連総会演説で、非武装地帯を国際平和地帯にすることを提案した。非武装地帯にある百万個以上の地雷を除去し、そこに国連機関を誘致することによって軍事衝突を予防したい、とのことだが、地雷除去も国連機関設立も時間をかけて行えばよい。緊急を要するのは北の核脅威の除去だ。「制裁を通じる非核化」という現行政策を維持していくことが最善だ。
この社説の議論はもっともなもので、完全な非核化の前に在韓米軍が撤退することへの懸念はよく分かる。また、非武装地帯を国際平和地帯にするとの国連総会における文在寅の提案について、社説が異論を唱えている点もよく理解できる。南北関係を先行させるのではないかということは、文在寅政権発足当初から懸念されたことである。文在寅の提案は、社説のいう通り、順序が違い、現実を無視した希望論に過ぎない。今は制裁を通じて完全な非核化を粘り強く継続すべきである、との考え方には同意できる。
在韓米軍をめぐる韓国国内の議論はどうなるか。おそらく、国を分断する議論になるだろう。上記の中央日報社説でさえ国内の左派を気にしてか、将来何時かの時点で撤収せねばならない、とまで言っている。
在韓米軍撤退論については、我が国としても我が国の安全保障、北東アジアの安全保障等への影響について、よく考えておくべきであろう。目下の北の意図に完全非核化があるとは思えず、少なくとも既存の核の保持が目下の戦略であることは間違いない。それを崩すために最後の大交渉をするとすれば在韓米軍の撤退を避けて通ることは出来ないように思われる。その代案は、北の核との共存ということになりかねない。従って、厳しい判断が求められる。朝鮮半島を緩衝地帯としておくことが戦略的利益にかなうという、所謂「バッファー論」は今でも適切なのか。米軍のアジア太平洋のプレゼンスはどうなるのか。これらの諸点についてシナリオをよく研究しておく必要がある。
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