70歳以上の高齢者たちが、音楽療法士のピアノ伴奏に合わせて、なつかしの曲を一緒に歌い、話し、笑う。認知症の人もいるが、青春時代の曲になると手ぶりも入って、自然と盛り上がり、お年寄りたちは始まる前と比べて、明らかに生き生きとしてくる。音楽が高齢者の気持ちを和らげ、老化防止に役立つとは言われているが、音楽療法が行われている現場(東京都杉並区高円寺)で、音楽療法士の奮闘ぶりを目の当たりにした。
相手を引き込む話術
杉並区にある高齢者のデイサービスで行われた「音楽セッション」は午後2時過ぎから、約15人の高齢者を集めて始まった。この日のセッションを任されたのが音楽療法士の藤井洋平さん(41歳)だ。若いころにバンドをやっていたそうでピアノで伴奏をしながら、高齢者を次第にその気にさせていく。「秋の気配を感じるようになりましたね。まず、秋にふさわしい曲を歌いましょう」と促して「里の秋」「旅愁」といった高齢者に馴染みのある曲から始まった。正面のホワイトボードに歌詞が表示され、手拍子を入れ、リズム感のある曲ではカスタネットなどを持ってもらい手や体も動かしながらだ。
みんなが知っている、明治、大正時代の「仰げば尊し」「赤とんぼ」なども入れて、若かったころの記憶を蘇らせる。かつての二枚目俳優の「上原謙」や「田中絹代」の写真も使いながら、昔見に行った映画に触れると、「私も見に行った」と声が上がる。
段々と盛り上がってくると、藤井さんが高齢者に話題を振って、自分の経験談を話してもらう。「私のセッションでは、特にコミュニケーションを重視しています。対話の仕方は、私生活やセッションの現場で磨いて来ましたが、テクニカルなことよりも、その方の気持ちに寄り添い、興味を深くもつことで、自然と会話に花が咲くことが多い。人を傷つける笑いをとらない、自分の失敗談でユーモアを誘う、ゲストの話に興味を持って適切なタイミングで話題を振るお笑いタレントの明石家さんまさんの話術は参考になる」と話す。
1時間の熱演
約1時間のセッションで伴奏しながら14曲を一緒に歌い、マイクを使わずにかなり大きな声で話し続ける熱演は相当なエネルギーが必要だ。セッションの途中で藤井さんは、自身の個人的な話も持ち出し、高齢者の笑いを誘い出したりもする。事前に特に用意したネタではなかったそうだが、「できるだけ自己開示は心掛けるようにしている。相手の話を引き出す時は、まずは自分の話をすることで、相手も心を開いて下さることが多いです。時事ネタ(令和になった、台風が来た)や、回想の話題(昔の芸能人や幼少期の話)は事前に考え、その時代に沿った歌や写真を用いる」と話し、想像以上に事前準備をしているようだ。
終わるころになると、始めはうつむきがちだった入居者たちも明るい表情になり「今日は楽しかった、若返った」という声が聞こえてきた。施設によって異なるが週に1~2回こうした音楽療法セッションを導入しているところも増えてきているという。
音楽家の新しい受け皿に
音楽の道を志す人は多いが、音楽の専門学校、音楽大学を卒業後、演奏するなどして音楽で生計を立てられるのはほんの一握りだけだ。残りの人は音楽とは全く関係ない道に進まざるを得ないのが現実のようで、その意味で、音楽療法士は音楽の素養のある人にとって新たな活躍の場になる。
音楽療法士は国家資格ではなく、民間の団体が資格認定をしているもので、最も大きい団体である「日本音楽療法学会」の中で認定音楽療法士を取得しているのが全国で約3500人いるという。
Leaf音楽療法センター(東京都新宿区)を経営する宮地太基代表(39歳)は、「会社としてコミュニケーション力に注力していることは言うまでもないが、その中でもコーチングスキル(傾聴・質問力・承認)を多く取り入れている音楽療法セッションにしている」と話す。つまり、単に楽器が演奏できるだけでは音楽療法士としては務まらない。会場に来た高齢者を、いかにその気にさせて元気に歌ってもらい、一緒になって楽しめる雰囲気を出すためには経験が必要になる。
音楽療法士がもらえる報酬は、1時間のセッションで6000円+交通費で、時給6000円のお仕事になるという。療法士にとって自分が行ったセッションによって高齢者に活力が生まれれば、報酬以上の達成感にもつながるという。