2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年11月20日

 イラクでは9月初めより、大規模な反政府デモが起こっている。政府の腐敗、無能、失業等に対する抗議である。デモは一時小康状態となったが、政府側の強硬な弾圧によって多くの死者が出ており、未だ収まる気配はない。イラクのアブドゥル・マハディ首相政権は昨年の選挙後、第1党となったシーア民族派のサドル派とイランに支持されたアミリ派(シーア派民兵組織の政党)の妥協によって生まれた政権であるが、サドル派は首相を見限り、アミリは様子見の態度を取っている。

Sviatlana Barchan/Lepusinensis/Phototreat/iStock / Getty Images Plus

 イラクでは以前にも同様なデモ、騒乱が発生したが、今回の運動はイランに支援されたシーア派民兵組織及びイランそのものにも、また、以前の民衆運動を支持したサドル師に対しても民衆の怒りが向けられている。政府においては、より強硬な鎮圧策を支持するグループ、当面首相が対応すべきとするグループ、首相退陣を予期して次の首相候補を模索するグループなどに別れている。騒乱はより過激になり、自信を持ち、大規模になりつつある。

 今回の抗議運動の大きな特色は、雇用、電力不足、腐敗というような具体的な問題への抗議というよりも(勿論、それもあるが)、サダム・フセイン以降の基本的な政治体制(シーア、スンニー、クルド3派による大政翼賛的パワーシェアリング・システム)への挑戦となっていることである。ナジャフの宗教指導者(シスターニ師)、イラン、サドルを含め、従来の権威全般に対する否定的な性格を帯びている。従って、政府側の対応は難しい。アブドゥル・マハディ首相は、後任についての合意が出来れば辞任する用意のある旨表明しているが、単なる首のすげ替えだけでは収まらない可能性がある。

 今のところ、抗議運動は、特定の政治勢力による扇動ではなく、自発的な性格を持っているが、今後どの程度組織化が進むのか注目される。サドル派がこれに乗る可能性はあるが、今回は運動主体側がサドル派をも既成政治の一部として攻撃しており、見通しにくい。

 今回の政府側の対応は、従来に比べて強硬なものであり、政府側の危機感の表れである可能性が大きい。今後、政府側がより強硬な鎮圧策に出るかどうかはイランの考え方によるところが大きい。体制維持への危機感が強くなれば、イラン系民兵組織による本格的な弾圧に出る可能性があるが(そうなれば、イランの影響力が強まる)、当面は首相の交代や選挙の実施などによるアメと強い鎮圧策というムチを混ぜながら対応していくのではないかと思われる。

 今回の運動が主張しているように、今の3派によるパワーシェアリングの体制が政府の非能率、腐敗の温床となっていることは事実だが、これに変わる体制(例えば、与党、野党による政権交代システム)を築くのは容易ではない。宗派政治からの脱却はイラク政治の大きな課題であるが、実現するとしても時間がかかる(政党の非宗派化は徐々に進んではいるが、未だ未成熟)。斬進的に進めていくほかないであろう。

 イラクの現政治体制は、シリアのように抑圧的なものではなく、またレバノンにように機能不全なものではないので、大きな騒乱状態に陥るとは思われない。但し、やっとIS戦に勝利し、選挙で選ばれた新政権による安定への方向が見え始めた時点での今回の騒乱が長引けば、スンニー派過激分子、IS残党等の反政府活動が復活し、経済、政治の停滞が深刻化することが危惧される。

  
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