世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年10月29日

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 イラクでは10月1日に各地で反政府デモが発生し、発生から1週間で、死者は100人を、負傷者は3000人を超えたと報じられている。10月2日、アブドルマハディ首相は、首都バグダッドに外出禁止令を発令するなどしている。

 今回のデモの理由はいくつかある。直接的な契機の一つには、モスル攻撃をはじめ、ISとの戦いで大きな功績を挙げたアブドゥル・ワハブ・アル・サアディ将軍が9月に左遷されたことがある。サアディと彼の部隊が米国の特殊部隊の支援を受けるなど、米国と緊密な関係にあったことを、イラン系の国民動員軍(Popular Mobilization Forces: PMF)が快く思っていなかったことが左遷の背景にあるらしい。PMFはイラクでの影響力を拡大しようとしており、サアディの左遷はイラク軍の解体を示唆しているとも考えられる。サアディは国民的英雄でもあったので、彼の左遷に反対するイラクの若者が街頭に繰り出した。それ以外に、イランや米国、サウジの干渉に対する愛国主義的反応、バグダッドのグリーンゾーン(元米軍管轄区域)に対する反発などが指摘される。

 しかし、根底にあるのは、国民の窮状への不満の鬱積と、それに対して何もしない政府への怒りだろう。イラクでは社会インフラの整備が進んでおらず、電気や水の不足が深刻とのことである。雇用状況は悪い。イラク中央統計局の発表では2017年の失業率は14.8%であったとのことであるが、イラクの統計の信憑性の問題もあり、実際にはもっと高いことが容易に想像できる。イラクは世界で13番目に腐敗した国である。イラクでは電気、水が不足し、衛生状態が酷い。子供の4人に1人が貧困であり、就学期児童の90%が学校に行っていないとの統計もある。2007年の宗派間の暴力的対立、2011年の動乱、2014年のISの台頭の根底にあったのは、いずれも国民の窮状への不満であった。

イラク・バグダッド市内の貧しい地区、2019年6月29日。
(RobertoDavid/iStock Editorial / Getty Images Plus)

 イラクに必要なのは腐敗を無くすための思い切った改革と、公共サービスの向上など国民生活の窮状に対する対策である。しかし、イラク政府は腐敗しきっており、有効な対策をろくに打ち出せずにいる。このような状態に対して国民が不満を持ち、反政府デモをするのは、いわば当然のことと言ってよい。デモの一部が政府の交代を要求していると報じられているが、不思議ではない。

 デモは主としてシーア派の住民が行っている。シーア派の最高権威アリ・シスタニ師が「政府は、腐敗と戦い具体的行動を望む人々の期待に応えていない」と苦言を呈している。国会最大勢力の政党連合を率いるシーア派の有力指導者ムクタダ・サドル師は10月4日、これ以上死者を出さないためにもアブドゥル・マハディ政権が退陣し、国連監視下の総選挙の実施すべきである、との声明を出したと報じられた。このように政権に対する圧力が増しているが、政権は国民の不満に耳を傾け、不満の根底にある国民生活の窮状の改善に取り組みそうにない。アブドゥル・マハディ政権は、デモが政権打倒を目指していると考え、デモを厳しく弾圧している。今回のデモは多少落ち着きを見せて来ているようではあるが、イラクの経済危機と政情不安は当分続くと見なければならないだろう。

  
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