2024年12月22日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年4月11日

 3月23日、米国が支援するSDF(シリア民主軍)は、ISの最後の拠点を陥落させた。SDFの司令官は、同日、「ISを打倒した」と宣言した。確かに、領土を持った「カリフ国」としてのISは終わった。しかし、ISは真に打倒されたと言えるのか。この点について、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのFawaz Gergesは、3月23日付けでニューヨーク・タイムズ紙に掲載された論説で、ISは打倒されていない、イラク、シリアで潜伏、再起の時を待っている、と分析する。論説の要点を紹介すると、次の通りである。

(Nomadsoul1/oguzdkn/iStock)

・ISは打撃を受け、イデオロギー・作戦上は弱体化されたが、打倒されたとは言えない。そのネットワークは未だ機能している。アラブ・イスラム世界の政治の破綻、政治制度の脆弱性と正当性の欠如、地政学上の競争と外国の干渉というISが生まれた原因が続けば、IS等は再起する。

・ISを生み出す第一の要素は、統治の崩壊とシリア、イラク、リビア、イエメン、エジプトのシナイ半島、西アフリカ、アフガニスタンにある無政府状態の空間である。不十分な中央や地方の政府、あるいは政府の欠如は過激派の格好の温床になる。

・第二の要素は、スンニーのサウジアラビアとシーアのイランの激烈な冷戦である。両国の対立は地政学的なものであるが、イラク、シリア、レバノン、イエメンなどでは地方での宗派対立にもなっている。ISはスンニーの保護勢力としてこの対立を利用してきた。

・第三の要素は、ISの戦闘員の分布とそれがもたらす脅威である。ISが主要な市街地域で支配権を失うようになるにつれ、戦闘員は住民とともに各地に避難、潜伏した。その潜伏要員がそこで攻撃をするようになった。今やISは10を超える国に基地や潜伏支部を擁する世界的なネットワーク機構だ。

・ISは反乱の原点に戻った。今ISはイラクでゲリラ戦闘を行い、治安部隊や部族指導者などを殺害している。地域社会を恐怖化し、不安定要素を植え付け、イラク保安部隊の無能さを露呈するISの戦略は成果を生み出しつつある。

・アラブ・イスラム社会が直面する課題はジハーディズムのイデオロギーに代わる議論を発展させることだ。そのためには、仕事と希望をもたらす透明性のある、包含的な、代表性のある政府が必要である。

参考:Fawaz Gerges,‘The Islamic State Has Not Been Defeated: Make no mistake: The group will be back unless the conditions that gave birth to it are addressed’(New York Times, March 23, 2019)
https://www.nytimes.com/2019/03/23/opinion/isis-defeated.html

 上記Gergesの論説は、ISは消滅するどころかイラクやシリアなどで潜伏部隊として新たな活動をしているとの分析と、ISの完全な打倒を達成するためには経済、政治、イデオロギーの対応が必要であるとの処方箋を示している。妥当な分析をした、非常に良い記事である。

 イラクの現状は、シーア派の中央政府がスンニー派地域への対応を怠っており、ISはそれに付け込んでいる。そして、最近のトランプ政権による米・イラン対立激化がイラクの中央政府の弱体化を助長し、それがISを勢いづかせている。シリアでは、ISはトルコによるクルド抑圧と米軍の撤収により生じる真空に入り込もうとその時が来るのを待っていると思われる。

 SDFがISの最後の拠点を制圧したことは良い知らせである。しかし、それは対症療法が終わったに過ぎない。根本解決は終わっていない。論説の言う通り、カウンター・テロ戦略だけでは十分でなく、長期的な経済、政治、イデオロギー戦略が必要であると思われる。戦闘が唯一の雇用になり、過激活動が生活手段になることを先ず断ち切らねばならない。過激派の高まりやアラブの春の根本原因は雇用にあったと言っても過言ではない。

 トランプの中東政策は、サウジとイランなどの地政学上の競争やアラブ・イスラエル対立を煽るというものである。これがうまく行くとは思われない。米国はそうした対立を煽るのではなく、モスレム社会の和解・再建を支援すべきなのであろう。論説は「トランプはそのような賢明な戦略をとる願望もビジョンも持たないだろう。しかしISに対して真に勝利したいのであればトランプは自分の行動の長期的な結末を考えるべきだ」と手厳しい。しかし、トランプのゴラン高原に対するイスラエル主権支持決定を考えると、この批判は一層の重みを増す。

 他方、テロがアジアに飛び火することを防ぐ必要がある。日本では今年、来年と大型の国際イベントも続く。幸いアジアの統治体制は総じて強固であり、経済、雇用もより安定し発展している。しかし、フィリピンのミンダナオ島やインドネシアにはISに忠誠を誓う勢力が居る。関係国が一致協力して長期的な対応を強化していく必要がある。
 

  
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