2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年3月8日

 トランプ政権はイランに対する米国の制裁を強化するのみならず、欧州諸国などに呼びかけてイラン包囲網を作ろうとしている。イラクもこの包囲網の一環に取り込もうとしている。2月2日、トランプ大統領は、CBSとのインタビューで、「米軍はイラクにとどまるべきだ。それは、ISとの戦いを継続するためだけではなく、イランを『監視』するためだ」と述べ、イラクの米軍基地はイランの核兵器などの活動を監視する前哨基地の役割を果たすとの考えを示した。

YuraDobro/AndreaAstes/anjajuli/bodrumsurf

 こうした考えと動きは、トランプ政権がイラクの実態と重要性を認識していないことを反映するものである。センチュリー基金のシニアフェロー、マイケル・ハンナらは、Foreign Affairs電子版の2月14日付けの記事‘Trump's Iraq Policy is Foolish’(Foreign Affairs, Michael Wahid Hanna,et.al, Feb 14, 2019)で、「トランプの発言は無謀である。それはイランについての誤った強迫観念を表すものであり、イラクを米国のイラン政策の単なる駒と見ていることを示している」と非難している。その通りであろう。イラクは中東の大国であり、中東で枢要な地位を占めている。イラクの将来は中東のすべての主要国にとって戦略的に重要である。イラクは米国とイラン、イランとアラブ社会、アラブ国同士といった重要な関係の結節点である。

 イラクとイランの関係について言えば、両国は深い関係にある。サダム・フセイン失脚後のイラクの政権は、国民の大半を占めるシーア派を代表する政権で、当然イランの影響力は大きい。イランはイラクの産業と観光の基盤に大幅な投資をし、イラクは食料と天然ガスでイランに頼っている。しかし、イラクはイランが過度の影響力を及ぼすことを望んでいない。そのためには、米国の存在が不可欠で、イラクにとっては、イランと米国の影響力のバランスを取ることが重要である。イラクをイラン包囲網の「駒」に使うというのは、ハンナらが言う通り、まさに無謀な論である。

 イラクは米国の軍事介入以来、内戦、ISとの戦いで混迷が続いたが、最近ようやく政情が比較的安定してきている。ただし、経済は苦境にあり、特に食料、水、電気といった生活基礎材の不足は危機的状況にあるようである。ハンナらも指摘しているが、バスラでは飲料水の危機で昨秋暴動が起き、首相顧問の一人は「夏までに十分な電気が供給できなければ終わりだ」と述べている。こうした状況は、米国がイラクに対して支援をする機会である。ハンナらは「米国の中東へのコミットメントが再検討されているときに、イラクは外交、安全保障、情報の面での結びつきを作る機会を提供している。それがうまくいくためには慎重な判断が必要だが、トランプ政権にはそれが無い。イラクがエネルギー不足と戦っているときに、トランプ政権はイランからのエネルギーの購入を止めるよう要請している。そのような近視に勝てる外交は無い。もし米国がイラク政策を改めないなら、中東に対する建設的関与で残されたわずかな道を塞いでしまうだろう」と言っている。適切な観察である。トランプ政権が、中東におけるイラクの重要性を正しく認識し、イラクに適切に関与していけるかどうかは、米国の中東戦略における一つの重要な注目点である。

  
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