2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年3月29日

 米議会は、サウジのジャーナリスト、カショギ氏の殺害についてムハンマド皇太子に責任があると断定し、トランプ政権に対しカショギの殺害についてのムハンマド皇太子の責任につき上院に報告するよう法的要請を行っている。人権の侵害がはなはだしい場合に米国が行動すべきことを規定したマグニツキー法によれば、特定の場合に、議会は大統領に調査結果を要求できる。昨年、当時の外交委員長ボッブ・コーカーと民主党の有力議員ロバート・メネンデスがこの法を援用し、ムハンマド皇太子の責任の有無を確定するよう要請した。上院の見解は明白で、昨年12月に全会一致で皇太子に責任があるとの決議案を承認した。しかし、トランプ政権は要請を無視し、ムハンマド皇太子を擁護しようとしている。

yatate/bonezboyz

 トランプのムハンマド寄りの姿勢は、トランプがサウジ、そしてサウジの実質上の指導者であるムハンマド皇太子との関係を重視していることの反映である。米・サウジ関係は従来、米国がサウジに石油供給で依存し、サウジが安全保障で米国に依存するという相互依存関係の上に成り立っていた。シェール革命で米国は石油でサウジに頼る必要はなくなったが、サウジが中東の有力国であること、米国にとって主要な武器輸出対象国であること、イラン封じ込めの重要なパートナーであることから、サウジとの関係を重視し続けている。

 カショギ殺害事件でムハンマド皇太子の権威は失墜し、一時はサウジにおける地位の不安定化も指摘されたが、サウジの検察当局は、昨年11月15日カショギ殺害事件の捜査結果を発表、11人を起訴し、5人に死刑を求刑する方針を明らかにする一方、ムハンマド皇太子については事件に一切かかわっていないと述べた。これで皇太子の責任問題は封印されてしまったことになる。

 そうである以上、トランプはサウジの実質上の指導者であるムハンマド皇太子を相手にせざるを得ない。一方で米議会はカショギの殺害につきムハンマド皇太子に責任があると断定しているのみならず、カショギの殺害に責任ある者への制裁を賦課する法案を提出している。責任ある者の中には王族も含まれているようで、この法律が制定されれば、ムハンマド皇太子に対する制裁を議会が承認する可能性も出てくる。トランプはそれに対し拒否権を使うことが予想されるが、カショギの殺害についてのムハンマド皇太子の責任に関しては、今後とも議会と大統領の対決の構図が続くであろう。

 ムハンマド皇太子に関わる件で、米議会でカショギの殺害とともに問題にされているのが、サウジのイエメンに対する戦争である。特に空爆でイエメンの婦女子を含む民間人に多大の被害が出ていることへの批判が高まっている。メネンデス議員らが提案している「サウジアラビア説明責任・イエメン法」は、イエメン戦争に関連する米製武器の販売の禁止、サウジ航空機への給油の禁止、人道支援の提供を妨害する者への制裁賦課を規定する条項を含む。

 イエメンについてのトランプ政権の対応としては、昨年10月、ポンペオ国務長官とマティス国防長官(当時)が、イエメンの戦闘中止と国連の提唱する和平協議を公に指示している。これは人道上の考慮もさることながら、4年にわたる戦争が泥沼化し、サウジの軍事上、財政上大きな負担になっており、サウジにとって好ましくない状況になっていると判断したためと思われる。議会との関係で、少なくともイエメン戦争については、ニュアンスの差はあれ見解が一致していると言えそうである。
 

  
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