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WEDGE REPORT

2019年11月28日

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龍神孝介 (りゅうじん・こうすけ)

フォトジャーナリスト

1981年生まれ。カリフォルニア州立大学フラトン校フォトコミュニケーション学科卒業。バングラデシュを中心にアジアで撮影を続ける写真家。2011年よりフリーランスとして活動する。

2017年以前からキャンプで暮らすロヒンギャの心境

 もともとバングラデシュにはおよそ30万人のロヒンギャがバングラデシュのキャンプに暮らしていた。主に彼らは1970年代から2017年8月までに何度か起こったミャンマーでの弾圧や圧政から逃れてバングラデシュにやってきた。数万人が国連の運営するいわゆる公式キャンプ、そして残りの大多数が非公式キャンプに住んでいる。そこに2017年に起きた大流出であらたに70万人が流入したことにより、キャンプは拡張し今や世界最大の難民キャンプと言われている。

2年前の大流出以前から暮らすロヒンギャは、劣悪な環境下での生活を余儀なくされている

 「ここは人が多すぎる。援助が少なくなり食料は十分ではない。彼らの方が優先されるのは納得出来ない。仕事も減り、将来の不安が募る。ここにはチャンスも希望も無い」。妻と3人の息子の息子と暮らしていた42歳の男性は状況の変化を話す。

 2017年以前から難民キャンプで暮らすロヒンギャたちは一様に2年前に比べて暮らしぶりが悪くなったと語る。彼らが言うには新しく来たロヒンギャの方が人数も多く、発言力もあって社会からの注目度も高いため、手厚い援助を受けている。「自分たちの方が古くからここで暮らしているのに不公平だ」と主張する。

 1992年からキャンプで暮らす55歳の女性は「高血圧と糖尿病を患っているのに薬の在庫がいつも無い。いい病院で治療を受けたいが、移動が制限されるようになったために難しい。夫は怪我をしていて働けないし、スリランカにいる息子からの送金も規制され受け取れなくなった」と話す。

 以前から暮らしていたロヒンギャへの援助は減少し、移動は厳しく制限され、仕事にあぶれることも多くなった。通信も制限され、ミャンマーにいる家族や親戚との連絡手段がなくなった。「難民として最低限の暮らしを強いられてきたが、さらに不自由になった」と嘆く。

 18歳の少年は「2年前にたくさんの人たちがミャンマーから逃げてきた時は、家族で寝床を貸してあげて自分たちは外で寝た。カナダかアメリカに移住する計画があり申請もしていたが、2年前の出来事で全てが断ち消えてしまった。鳥は自由に好きなところに行けるけど、僕は飛べない」と先を見通せない様子だ。

 同じロヒンギャであり、同じ難民でありながら心境は複雑だ。注目度の高さや発言力により格差が生じている。はっきりとは言わないが彼らの多くがあらたにやって来たロヒンギャに何らかの不満を持っている。

 2年前に起きた大弾圧で凄惨な体験をしたロヒンギャには安息の場所が与えられるべきである。しかし難民の間にも格差が生じ、ホストコミュニティにも負担が強いられる。昨今、大量の難民が流入した一部のヨーロッパ諸国が体験したようにこの軋轢が今後、大規模な衝突や排斥運動に繋がることも懸念される。早期の帰還へのプロセス作りが最も優先されるべき課題だが、一方で共存への道を探ることも忘れてはならない。

  
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