チャイナ・ウォッチャーの視点

2019年12月26日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「地産覇権」「財閥治港」

 冷静に考えれば、香港はイギリスの殖民地として世界史に登場した時点から、“金の卵を産む鶏”の役割を担うことを与えられ、現在では世界の金融センターとしての機能を持つがゆえに繁栄が維持され、限られた巨大不動産開発業者を軸に経済社会が運営されてきた。

 イギリス殖民地時代、香港には政治家という職業の存在は許されなかった。それに代わって経済人――敢えて「経政家」と呼びたい――が政治的発言権を行使してきたのだ。「一国両制」という一種の殖民地状況に置かれた現在も、この構図は基本的に変わってはいない。いや返還前後を境に、「資本主義と共産主義とかを気にする必要は全くない」とばかりに共産党政権と手を組み、「愛国同胞」として振る舞うことで自らが経営する企業集団を業務内容と規模の両面で急拡大させてきたことを考えれば、経政家が振る舞う基準が自ずから分るはずだ。

 “金の卵を産む鶏”としての香港社会は、基本的には「地産覇権」「財閥治港」で表現される構造を持つ。限られた不動産開発業者に富が集中し、その傘下系列企業が庶民生活の隅から隅まで――不動産、電力、ガス、水道、バス、フェリー、路面電車、地下鉄、スーパーマーケットなど日常生活の一切にかかわるビジネスを独占的に支配している。独占禁止法などを嘲笑うような超独占状況が、世界に冠たる目も眩むような格差社会をもたらし、支えているのである。

 この異常なまでの社会構造に根本的なメスを入れない限り、民主も自由も絵に描いた餅でしかない。

 「香港的死因研究」(『亞洲週刊』10月6日号)で林沛理(評論家)は、「(このままでは)世界で最も自由な華人都市である香港の死は免れない。自由を享受することを栄誉としてきた香港人が、自由の乱用によって香港を死地に向かわせてしまった。香港に相応しい墓碑銘は『善用自由』であり、英語ではIf you have freedom,use it wiselyである」と記し、「香港の死」を招いたのは(1)反政府派の政治的短絡振り、(2)中央政府の政治的幼児性、(3)香港政府官僚の強欲極まりない自己保身、(4)林鄭政権の政治的消極性――であるとする。かくて「香港という共同体を構築することに失敗した」「『香港是我家』は掛け声に過ぎなかった」と慙愧の念を綴っている。

 考えるに、林沛理が挙げる4つの要素だけが「香港を死地に向かわせてしまった」わけではない。やはり「地産覇権」「財閥治港」を推し進めた巨大不動産開発業者もまた、大きな責任を持っているのだ。

 こう考えれば、香港という「寺」の「灯明」を叩き壊した元凶は誰なのか。答えは自ずから浮かび上がってくるだろう。

 だからこそ、「香港人、加油」なのである。

  
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