立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2020年1月7日

»著者プロフィール
著者
閉じる

立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

「逃げ」のコストと損得勘定

 プロには金がかかる。ゴーン氏が逃げて、保釈金の15億円が没収されることは確かにそうだが、「逃げ」のコストはそれだけでは済まない。プロ軍団はリーダー格の人物や傭兵のような実働部隊メンバーをも入れると、数億円以上の報酬を払う必要があろう。というのは、数日だけで終わる仕事ではないからだ。企画段階から予行演習、そして本場までの所要期間は最低でも1カ月以上はかかるだろう。何よりも、違法行為だから関係者が後日法的責任を問われ、裁判や収監など多大なリスクに直面するから、その分たっぷり報酬を用意しなければ引き受けてくれないだろう。

 さらに、オリジナル計画が途中で頓挫したときに備え、「プランB」の準備にもコストがかかる。没収される保釈金に、プロ軍団の報酬や飛行機のチャーター費用、諸々のコストを加算すると、ゴーン氏の逃亡コスト総額はおそらく25億円から30億円くらいではないかと推測する。

 一般の日本人からすれば、とんでもない高額な「逃亡費用」である。ゴーン氏にとってこの費用は何を意味するか。単純計算だと、ゴーン氏の年収総額約19億円(2018年度分)。資産総額は未公表だが、約1000億円(推定)としよう。脱出所要費用は年収分以上にあたり、資産総額の約3%。たとえば、3000万円の資産をもつ人なら、100万円弱の出費になる。

 この出費の合理性を判断するうえで、脱出しなかった場合のコスト試算も必要になってくる。脱出しなかった場合、裁判は控訴や上告も含めて確定するまで、ゴーン氏は今後1~2年日本に留まらざるを得ない。下手すると実刑で収監された場合、数年分の収入の少なくとも一部が吹っ飛び、経済的損失はざっと100億円規模に上る。さらにキャリアの中断や加齢といった不利要素、諸般の機会損失を折り込むと、損失がさらに拡大する。この損得勘定を天秤にかければ、自ずと結論が見えてくるだろう。

 ここまでの試算は、純粋たる数字の世界で、容疑がかかったままの逃亡であるから、金銭的な計算だけではすまない。

 まず法律面をみると、出入国の問題を別として、ゴーン氏の出国は逃走罪に当たらない。勾留中に逃走した場合は、逃走罪(刑法97条)が成立する。逃走罪の対象になるのは、現に刑事施設に勾留されている者だけ。保釈中は刑事施設で勾留されているわけではない。たとえ逃亡しても、逃走罪は成立しない。

 では、ゴーン氏の弁護士・身元引受人に監督責任があるのか、これらの関係者に迷惑がかかるのかというと、身元引受人が被告人の監督を誓約していたとしても、法的責任までは負わない。そのため身元引受人が裁判所や捜査機関から責任を追及されることはない。一応、大きな迷惑はかからないということである。

 次に必ず出てくるのは、「逃げ」に対する道徳的な判断である。ゴーン氏は卑怯な「泥棒」と批判する人もいるが、泥棒が重犯罪扱いにされたり、他の泥棒が罪不問だったりしていると、さすがに泥棒も逃げるだろう。「逃げるが勝ち」だから。逃げた場合、潔白も証明できなければ、法的なクロも確定されない(見なされるかもしれないが)。ある意味で永遠の容疑者であり続ける。故に、天秤にかければ、逃げが最善の選択肢になる。

関連記事

新着記事

»もっと見る