世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年2月4日

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 イランの革命防衛隊の司令官であるソレイマニが、アメリカ軍によって殺害されたのは1月3日であるが、1月5日、「イランはコミットメントを縮小する第5段階として、核合意による期限の最後の枢要な要素を放棄する。それは、遠心分離機の数の制限である」「イランの核計画には(濃縮および濃縮関連の事項を含め)最早如何なる実行上の制限もない」と、イランは表明した。これは、ウラン濃縮活動を無制限に進める方針の表明であるが、濃縮度の数値には言及しなかった。IAEA(国際原子力エネルギー機関)との協力は続けるとし、これまでの措置はすべて可逆的とされている。 

Alexey Yarkin/iStock / Getty Images Plus

 これを受け、1月14日、英仏独の3国は、最早他の選択肢は残されていないとして、核合意の第36項に規定される紛争解決メカニズムに問題を付託し、外交的解決を目指す方針を3か国外相の共同声明で表明した。

 いつまでも 英仏独3国が核合意を支持し続けていることに業を煮やしたのか、これに先立つこと1週間、トランプ政権は欧州が紛争解決メカニズムに訴えることをしないのであれば欧州からの自動車輸入に25%の追加関税を課すと3国を脅迫したとワシントンポスト紙が報道した。これは事実らしいが、異様な脅迫である。尤も、3国もかねてから考慮していた選択肢のようではあり、脅迫故の行動では必ずしもないらしい。 

 これは重要な展開である。紛争解決メカニズムに訴えることは、問題がいずれ国連安全保障理事会に持ち込まれ制裁が復活する可能性への道を開くことを意味する。仮に国連安保理で制裁の復活が決定されても、既に米国の制裁が発動されている状況では、武器禁輸は別として、さしたる意味は持たないであろう。しかし、その場合、イランが核合意に残留することはあり得ず、核合意は名実共に崩壊するであろう。 

 1月14日付のウォールストリート・ジャーナル紙の社説は、この展開は英仏独3国がトランプ政権の路線に近付く一歩と見て歓迎している。昨年の夏にサウジアラビアのアブカイクの石油施設がドローンで攻撃された際、英仏独3国の首脳が出した共同声明に核合意を交渉し直すべきだとする一文が含まれていたが、当時ウォールストリート・ジャーナル紙はこれをもってトランプの「最大限の圧力」戦略の正しさが立証されたと褒めちぎったことがあるから、ウォールストリート・ジャーナル紙が今回この社説を書くことに驚きはない。しかし、イランの核の脅威を再び現実のものとしたのは、トランプによる米国の核合意からの一方的な離脱にあることを無視して、欧州に「最大限の圧力」キャンペーンに加わるように求め、その圧力と外交攻勢とで核合意を交渉し直すことを説く論旨はどうかと思う。さらに、今回のウォールストリート・ジャーナル紙の社説は、外交攻勢をかけるには理想的な時だと述べているが、事実は恐らくその反対で最悪の時である。ソレイマニ司令官が殺害されたイランが、交渉に応ずる筈はないだろう。1月17日の金曜礼拝で、トランプ大統領とポンペオ国務長官を「道化」、英仏独3か国を米国の「太鼓持ち」呼ばわりしたハメネイ師に交渉の用意があるとは想像出来ない。 

 英仏独3か国は、紛争解決メカニズムのプロセスを慎重に管理して行く必要がある。共同声明は「最大限の圧力」キャンペーンに加わらないことを述べるとともに、3 国の最も重要な目標は核合意を保全することだと述べている。しかし、イランは3国が紛争解決メカニズムに訴えたことを不快に思っている様子である。イランが当面核合意の順守に回帰することは考えられない。3 国としては問題が安保理に持ち込まれる事態は避け、何とか時間を稼ぎ、大統領選挙の後まで核合意の形骸だけでも保全することを目標とすべきであろう。 

 一つ懸念されることは、英仏独3か国が足並みを揃えて行けるかである。1月14日のBBCのインタビューで、英国のジョンソン首相は、「トランプ大統領は彼自身の言うところによれば偉大な交渉者、取引上手である。核合意をトランプ・ディールで置き換えよう。それが我々に必要なことだ」と述べた。ジョンソンの言動には予測し難いところがある。

 彼がトランプに擦り寄り、「最大限の圧力」キャンペーンに加担することでもあれば、思わぬ方向に物事が展開する可能性も排除され得ないだろう。注意が必要である。

 

  
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