Washington Files

2020年1月14日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 トランプ大統領命令によるスレイマニ・イラン軍司令官殺害は、北朝鮮・金正恩体制にも大きな衝撃を与えた。米専門家の間では、結果として、対米関係への影響のみにとどまらず、北朝鮮、イラン両国が核協力強化も含めた本格的核開発に乗り出す懸念も指摘され始めている。

 北朝鮮国営メディアは、スレイマニ殺害について当初、速報せず沈黙を守り続けてきた。しかし、ようやく6日になって米軍無人機によるバグダッド空港攻撃の事実に触れ「イランの『コッズ部隊司令官と一人のイラク民兵』が死亡した」とだけ伝えた。「スレイマニ司令官」の名前や、彼がイラン軍の最高幹部だったことについての言及はなかった。

(alexis84/gettyimages)

 この点について、7日付のワシントンポスト紙は、北朝鮮関連ニュース・サービス「NK Pro」上級アナリストの話として「北朝鮮がスレイマニの名前やテヘランの反応に触れなかったことは、殺害自体がピョンヤン体制にとって極めて敏感な問題だからだ」と報じた。

 同紙によると、北朝鮮メディアはこれまでにも、イラクのサダム・フセイン、リビアのカダフィ両指導者含め独裁者の殺害や運命については一貫して公表を避けてきており、外国の指導者や要人がアメリカの軍事行動によって抹殺されることや、国内で暗殺といった不穏な動きが出ることを極度に恐れているからだとしている。

 しかし、より深刻なのは、今後の北朝鮮の核開発への影響だ。

 アメリカの専門家の間では、スレイマニ殺害は、トランプ大統領の予測不能な判断次第で外国指導者にどんな報復が及ぶかわからないとの不安を掻き立て、その結果、金正恩氏もICBM発射といった強硬策は当面自重するとの指摘が一部にある。ただ、大方の見方はむしろ悲観的だ。

 金正恩氏は去る12月31日、首都平壌で開かれた朝鮮労働党中央委員会総会で7時間に及ぶ長演説を行い、「主権と安全防衛のための外交および軍事的対応措置」を説明したが、この中で最も注目されたのは、核兵器への言及だった。

 同氏は、核兵器こそが自国の安全確保のための「唯一の保証であり、放棄することは断じてない」とし、さらに「アメリカと長期にわたり対峙していく覚悟であり、経済的幸福や安寧と引き換えに核保障体制を断念することはありえない」と重ねて強調した。 

生き残りには核兵器以外にないとの認識を新たにした

 アメリカによるイラン軍最高幹部殺害はその3日後に発生したが、金正恩体制は生き残りのための最終的手段はいよいよ、核兵器以外にないとの認識を新たにしたことは想像に難くない。

 オバマ政権下の国防総省長官室で北朝鮮など北東アジア問題顧問を務めたヴァン・ジャクソン氏は7日、CNNとのインタビュー番組に出演、スレイマニ殺害と今後の展開について次のように語っている:

 「北朝鮮はすでに、アメリカは信じるに値しないと思っており、(金正恩は)イラクおよびリビア指導者がたどった運命とたもとを分かつ唯一の道は、核兵器しかないと確信している。トランプ大統領は彼と3回にわたる首脳会談を行ったにもかかわらず、核問題で何ら進展が得られていないのは、こうした信頼欠如によるものだ。

 今回の事件をきっかけにもし、トランプは北朝鮮にも無人機攻撃を命令するかもしれないと金正恩が信じた場合、自らの保有する核兵器を即発射状態にしないともかぎらない。北朝鮮の核については不明なことが多々あるが、とくに重要なことは、わが国が核の不安定化を増幅させる外交政策決定をしないことだ」

 北朝鮮がそもそも核兵器を簡単に放棄しない一つの理由として、筆者は一昨年の本欄で、金正恩氏が金正日氏から権力をバトンタッチされた翌年の2012年5月、自らの指導の下で憲法改正に踏み切った点に触れた。改正憲法の前文には「金正恩国防委員会議長はわが祖国を政治的イデオロギー的な強靭な国家、核保有国家、そして不屈の軍事国家へと移行させた」との文言が盛り込まれ、内外に「核保有国家」となったことを宣言している(2018年7月2日付「北朝鮮『非核化』への果てしなき道程」参照)。

 しかし、こうした背景以上に、今回のスレイマニ殺害事件は、北朝鮮にとって核兵器断念を決定的に困難にしてしまった可能性が大きい。

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