Washington Files

2020年1月8日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 イラン革命防衛隊「コッズ部隊」のスレイマニ軍司令官殺害は、その影響や戦略的展望をまったく無視したトランプ大統領個人の衝動的判断によるものだった。しかし、そのつけは今後の米イラン関係、さらには中東全域の戦略展開に重くのしかかってくる恐れがある。

 世界に衝撃を与えた米軍によるスレイマニ司令官殺害めぐり、その後、実施にいたるまでのホワイトハウス、国務、国防総省間での事前協議のドタバタぶり、見解のずれなどが、米マスコミで一部報道され始めている。

 しかし、こうした米政府内の混乱の背景にあるのは、大統領自身の情勢認識不足、戦略思考の欠落だ。さらに、政権内で国家安全保障問題を取り仕切るだけの有能かつ経験豊富な人材不足の影響も指摘されている。

イランによるミサイル攻撃が報じられた7日夜のホワイトハウス( REUTERS/AFLO)

 「世界は(殺害実行により)より安全になった」――大統領は作戦に踏み切った翌日の去る3日、滞在先のフロリダで記者団にこう豪語してみせたが、これも現実と明らかに乖離した短絡的思考を示すものだ。内外の軍事専門家の多くは、今後、米・イラン関係がかつてなく険悪化しかねないとの懸念を表明している。作戦実施直後に、中東への3500人規模の米軍部隊増派を発表したことも、矛盾以外の何物でもない。

超党派的支持を得られるとの甘い期待

 ワシントンポスト紙報道によると、殺害実行が発表されたその直後に、議会民主党のナンシー・ペロシ下院議長はじめ有力議員たちが一斉にこれを非難する声明を出したことについて、大統領は側近たちに「驚きと意外」の反応を示したという。たとえ野党とはいえ、今回のような「戦争開始ではなく終止符を打つための措置」(大統領談話)に対して、ある程度の超党派的支持を得られるとの甘い期待があったことを示唆している。

 また、ジョー・バイデン元副大統領、バーニー・サンダース、エリザベス・ウォーレン、コリー・ブッカー、エイミー・クロブシャー各上院議員ら民主党主要大統領候補も相次いで、軍事作戦を「暗殺行為」として批判したことも、トランプ再選をめざすホワイトハウスにとっては想定外だったとみられている。

 トランプ氏は前回大統領選さなかの2016年4月、候補者として行った外交スピーチの中で、「自分は戦争と侵略を最優先で希求することはしない」「過去歴代政権は中東紛争に深く介入し、多くの米兵の生命と資産を失う大きな間違いを犯した」として、中東からの兵力削減・撤退方針を明らかにしていた。

 しかし、今回の軍事作戦は、こうした選挙公約を反故にしただけでなく、逆にイランによる報復の可能性を増幅させ、緊張を一段とエスカレートさせつつある。

 すでに4日付のニューヨーク・タイムズ紙でも伝えられた通り、スレイマニ司令官殺害計画については、ブッシュ、オバマ両政権当時、中東情勢悪化のリスク拡大への懸念から実行を断念した経緯があるほか、今回もペンタゴン指導部は、最初から気乗り薄だったと伝えられるのも、こうした深謀遠慮によるものだった。

 これに対し大統領はその後も「イランが報復するなら、イラン国内の52カ所の標的を即座に攻撃する」(4日)、「イランからの攻撃には即座に最大限の反撃を行う」(5日)、「我々がスレイマニを殺害したことで、世界はずっと安全になった」(6日)といった高飛車な発言を続けており、自ら事態収拾への道筋、ゲームプランは何ら示そうとしていない。就任以来の場当たり的言動はいささかも衰える気配はない。

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