田部康喜のTV読本

2020年1月30日

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田部康喜 (たべ・こうき)

コラムニスト

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

(BBuilder / gettyimages)

 TBS日曜劇場「テセウスの船」は、平成元年に無差別殺人事件の死刑囚となった、元警察官の父親役・鈴木亮平を31年の時空を超えてタイムスリップした、息子役の竹内涼真が事件を解明して冤罪を証明できるかどうか、ドラマの展開が観る者の心を揺さぶる。

 原作は東元俊哉のコミック。「テセウスの船」の原義はギリシャ神話に基づく。テセウスがアテネの若者たちと船で帰還したあと、アテネの市民たちはその船の部材を交換しながら保存した。部材の全部が交換されたとき、その船はもともとの「テセウスの船」といえるかどうか、という哲学的な問題となった。 

 宮城県音臼村の駐在所の警察官だった、佐野文吾(鈴木亮平)は小学校で発生した、小学生を中心とした無差別の大量殺人事件の犯人として死刑囚となった。息子の心(しん、竹内涼真)はそのとき、母・佐野和子(榮倉奈々)が出産前で子宮のなかにいた。

 大量殺人事件は、佐野家の状況を一変させた。母・和子(榮倉)と心の兄妹とともに、どこに引っ越ししても、マスコミや近所の人々から殺人者、死刑囚の家族として差別された。和子は「笑ってはいけない。遺族の人を考えれば」と、子どもたちを女手ひとりで育てた。小学校の教諭を目指していた、心も内定をもらえずに宅配のバイトをしながら、妻の田村由紀(上野樹里)と暮らしていた。由紀は出産後の妊娠中毒症のために亡くなる。

 死刑囚となった文吾(鈴木亮平)は、逮捕後から一貫して無実を訴えていまも収監中である。心(竹内)に対して、由紀(上野)は、文吾の無実を信じているという。「あなたのおとうさんだから」と。

 由紀が生前に無差別殺人事件について、新聞記事などをまとめていたノートが残された。「無差別殺人事件が起きる前から、音臼村では不思議な事件がたくさん起きているの」というのが、由紀の遺言となった。少女の変死、失踪、老人が亡くなった火災……。

 音臼村を訪れた心の目の前に広がっていたのは、廃村であり、殺人事件の現場の小学校も跡形もなく、慰霊碑だけだった。そのときに、心は霧に包まれて、タイムスリップした。無差別殺人事件が起きる半年前の時点である。

 由紀(上野)が残したスクラップが貼られたノートをもとに、心はさまざまな事件を未然に防ごうとする。その延長線上に、父・文吾(鈴木亮平)がかかわったとされている、無差別殺人事件も阻止できると、心は考えている。

 「テセウスの船」の交換する部材を、ひとつひとつの事件とすると、事件が防止されたとき、全体としての過去はまったく違ったものとなるのか。あるいは、部材としての事件を交換しても、過去は変わらないのか。ドラマの最終回にかけて、いったいどのような心の家族の過去といまを観ることになるのだろうか。

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