タイムスリップの新たな物語を紡ぐのか
ここで、タイムスリップあるいはタイムマシン小説の傑作「マイナス・ゼロ」(広瀬正・1965年)について触れたい。SFファンにいまも熱狂的なファンを抱えて、2008年本屋大賞の「この文庫を復刊せよ!」では第1位となって、集英社文庫が復刊した。筆者も広瀬正の「ツィス」「エロス」など、一連の作品のファンである。
広瀬正が守った、タイムマシン小説の約束事はまず、過去はいかようにしても変えられない。また、過去にタイムスリップして、同一空間に過去と現在の人物が存在することはできない。
「テセウスの船」は、タイムスリップの新しい物語を紡ぎだしているのだろう。原作は、東元俊哉の最高傑作といわれている。
父・文吾(鈴木亮平)に対して、憎しみを抱いていた、心(竹内)はタイムスリップによって、駐在所の警察官の父親と母・和子(榮倉)と出会う。兄と姉を含めた家族は、いつも笑顔が絶えない。身元を証明するものを持たない心を駐在所の一室に受け入れてもくれる。
毒殺された可能性がある小学生の少女の姉が極寒のなか行方不明になる。村人と一緒に探索にでた心は、崖下に落ちて足にけがをおった文吾が、必死に少女を助けようとして、自分が寒さのなかで死を覚悟しながら、少女を崖下から押し上げて心に託すのだった。少女を村に返して、文吾の救出に向かった心は、崖下の文吾に手を伸ばして持ち上げるのだった。
文吾への憎しみが、敬意に心は変わっていく。雪原の温泉にふたりでつかったときに、心が「未来からきた」と告げても、文吾は素直に受け入れた。「車は空を飛んでいるか」と尋ねる文吾に、心が否定すると「そうだろうな」とほほえむ。
心は文吾の紹介で、小学校の補助教員になる。担任のクラスには、文吾とともにいったんは助けた少女もいた。由紀が残したスクラップ・ノートの記事によると、少女は翌日に失踪した。ところが、前日に姿を消して、探し当てた山小屋のなかで凍死しているのが発見された。
過去は変化し始めたのだろうか。テセウスの船という過去は、心が願うような家族に笑いが絶えないままで、現在に至ることは不可能なのだろうか。
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