2024年7月18日(木)

Wedge REPORT

2012年5月8日

 IFRSアドプションの推進では、「1つの基準であるIFRSをすべての人が使えば、すべての国において比較可能性が達成される」というスローガンが用いられる。しかしこれは幻想だ。

 IFRSの独占を考えるのに適したアナロジーは、メートル法などの度量衡ではなく、通貨であろう。たしかに、EUはユーロに統一することで発展した。しかしそれは、経済圏の統合という前提があったからこそである。経済圏の異なる日本もユーロに統一すべきだという人はいないだろう。

IFRSの中身の問題

 IFRSに統一することは合理的でもない。IFRSの中身がリーズナブルであれば、先述した導入の困難さは克服できるかもしれないが、中身にこそ問題がある。

 代表的なのは、IFRSが採用する、資産負債アプローチによる公正価値指向である。これまで、日本だけでなく欧米を含む全世界で用いられてきた会計基準のベースにあったのは、収益費用アプローチだった。一言でいえば、フロー(取引)に基づく損益の測定である。

 近代会計の歴史を遡ると、1929年の大恐慌前までは企業会計を規制する制度がなかったから、企業は資産の簿価を任意に切り上げたり切り下げたりしてストックの評価を自由に行っていた。利益計算も然りであった。この貸借対照表中心の時価会計的な処理が恐慌につながったという指摘があり、そのことを教訓として、33年と34年に制定された証券二法(証券法、証券取引所法)では、フローに基づく損益計算(損益法)を企業に義務付けることになった。また、この考え方はその後全世界で受け入れられ、各国でも制度化されていった。

 しかし、次第に企業が繰延資産や引当金を使って利益操作するなど、経営者の恣意性が問題視されるようになった。そこで、無制限に繰延を認めるのではなく、資産負債の定義を満たしているかどうかで歯止めをかける必要性が生じた。

 すると、ベネフィットがあれば資産の定義を満たすのだから、将来キャッシュフローを資産として計上してもいいのではないかと議論が置き換えられた。例えばIFRSの農業会計では、植えたパーム椰子を、将来の収穫の期待値を現在価値に割り引いて評価するというようなことになった。まだ実がなるかどうかもわからないのにも拘らず、である。

 収益費用アプローチへの反省があって入れたはずの資産負債アプローチが独り歩きしてしまっているのだ。我々が大恐慌から学んだ教訓を無にしてしまう可能性がある。

 金融商品の全面公正価値モデルも同様で、取得原価主義における経営者の恣意性への反省から取り入れられた時価会計が、極めてピュアな形で推進された。よく「公正価値の方が透明性が高まる」と喧伝されるが、時価会計にはインフレ増幅効果がある。インフレ時にアップサイドに簿価をあげていけば、デフレに転換したとき取り返しのつかない事態になるはずだ。

 高品質で透明性の高い基準を作り、世界の会計基準を統一していくという高い目標を掲げたIASBであったが、その根底となる「高品質な会計基準とは何か」について、10年が経ったいまも世界的なコンセンサスが形成できていないというのが現実である。最近は、IFRS推進派からも、IFRSは高品質だから導入しようという声を聞かなくなった。

EUの戦略
同等性の評価

 IFRSは、国際という名称をまとってはいるが、実質はEUの戦略によってプレゼンスが高まった会計基準である。そもそもEUの目的は、1つの会計基準で世界を統一するというものではなく、圧倒的な力をもっていた米国と対等の関係を勝ち取ることにあった。


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