2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年2月12日

 1月15日に署名された第1段階の米中通商合意は幾つかのことを教えてくれた。

CreativaImages/iStock / Getty Images Plus

 第1は、この2年間のトランプ政権による関税を梃とした保護主義という実験は誤りだったことを証明したことである。すなわち、関税によって貿易障壁を高めても自国製造業は再生せず、貿易収支赤字の総額は期待したほど改善しないのである。米国の2019年11月までの対中国貿易収支赤字は560億ドル減少したが、対中国以外では490億ドル増加し、総額では 70 億ドルの減少に過ぎなかった。ちなみに、この減少分は米国の石油輸入の減少にほぼ見合っている。

 第2は、今回の米中合意がこうした失敗に懲りて自由貿易原則への復帰という内容であれば、世界は喝采を送ったであろう。しかし、現実は自由貿易とは真逆の管理貿易という“量”によって保護主義を強化することを表明したのである。数量目標を伴った管理貿易は貿易転換効果を生むだけであって、市場の競争によって貿易を拡大させるというメカニズムは内包していない。中国当局は数値目標にかかる日本のかつての苦い経験を学ぶことはしなかった。例えば、日米半導体協定(サイドレター)における外国半導体シェアは20%目標だった。数値目標は市場メカニズムに人為的な枠をはめ込むものであり、当該産業のみならず経済全体の成長を損なうことは日本の経験が証明しているのである。

 第3は、今回の米中間の数値目標の実現可能性についてである。中国側はこの 2,000 億ドルに及ぶ「爆買い」は簡単に実現できると読んでいるかもしれないが、その実現には多くの副作用を伴うことが予想される。そう言えば、リーマンショック直後の4兆元(約57兆円)の大型投資は世界経済を救ったがその副作用も大きく残った。今回の数値目標についても同じことが言えるのではないだろうか。その一つが貿易転換であるが、問題はどのような政策手段によって第三国からの輸入や、米国からの非対象品目の輸入を減らすかである。仮にも差別的な関税政策で貿易転換を図った場合には、無差別という WTO 原則の精神に反することになる。

 もう一つのポイントは、米国の農産物生産が、はたして中国の「爆買い」に見合ってスムーズに増加するかどうかである。すなわち、個別品目の世界的な需給を管理貿易という非市場メカニズムによって一致させるかという大きな難問に直面する。ちなみに、大豆等の主要農産品の先物価格は今回の米中合意以降も高まっていないことを指摘しておこう。例えば、3月13日渡しの大豆の先物価格は昨年末には956セント/ブッシェルであったが、1月27日で は898セントに低下している。このことは、市場筋は今回の「爆買い」数値を眉唾的に見ているのか、あるいは、貿易転換がスムーズに働き世界の農産物需給は変わらないと読んでいるのか、それとも米国の農産物はタイムリーに生産されると読んでいるのかは不明である。今後とも注視する必要はあるが、世界の農産物の個別品目の需給は一致せず、農産物価格は上下に大きく変動するという可能性もありえよう。

 最後になるが、今回の合意の直前にトランプ政権は中国を昨年 9 月に指定した為替操作国から解除したことはまずは歓迎したい。ただ、その「為替は市場に任せ」を基本とするとの今回のメッセージは Fedの今後の金融政策の自由度を狭めないか、やや不安である。トランプ大統領の発言には今後とも留意したい。

  
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