立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年10月16日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 米中は10月11日、通商問題に関する協議で「第1段階」の合意に達した。トランプ大統領は「米中貿易戦争の終結に近づいている」と言明しただけに、またもや楽観ムードが広がり、株価も上がるだろうし、市況も好転するだろう。果たして米中貿易戦争が終結に向かい、「平和」の時代が到来するのだろうか。

11日、劉鶴・中国副首相とトランプ米大統領が会談(代表撮影/Abaca/アフロ)

米中交渉が妥結できない根本的な原因

 昨年(2018年)12月9日の拙稿『休戦あり得ぬ米中貿易戦争、トランプが目指す最終的戦勝とは』を引っ張り出すと、こんな一節があった――。

 「かろうじて戦闘状態の現状維持であり、休戦でも停戦でもなく、激戦を90日先送りしたに過ぎないのである。大胆な仮説になるが、そもそもトランプ大統領は『終戦』を当面の目標としていないのではないかとさえ思う。トランプ氏が目指しているのは、最終的な『戦勝』であって、当面の平和といった短期的利益を前提とする『休戦』や『終戦』ではないからだ。最終的な戦勝を手に入れるために、長期戦や激戦をも辞さないという腹積もりだったのかもしれない」

 当時も米中戦の小休止があって、「休戦」や「終戦」の観測や楽観ムードが広がった。10カ月後の今、双方の戦いが一進一退しながらも、本質的な状況が変わっていない。いわゆる「第1段階」の合意は、農業や通貨など歩み寄りやすい部分に留まり、「小粒合意」に過ぎない。

 このたびの合意条件に基づき中国は、今後2年で年間400億~500億ドル規模の米国産農産品を買うことになる。政府統計によると、2017年の米農産品の対中輸出総額は195億ドルだった。要するに現状の倍以上の規模になるということだ。

 今年初めの米中交渉において、中国側が米国から農業・エネルギーなどの製品やサービスを「相当量」購入することを約束したところで、トランプ大統領はその「相当量」を2倍、または3倍にすると合意の「量的条件」を大幅に引き上げた(3月21日付けCNBCニュース)。今回の合意によりこの「量的」部分は実現することになり、トランプ氏の勝利といえる。

 交渉はつねに、「量」と「質」という2つの部分からなっている。中国は「量」に関していくらでも交渉可能としている。現下中国国内の食糧事情を見ると、米国の農畜産品を買うことに抵抗はないだろう。それどころか、むしろ食糧不足(豚肉の例、参照:『たかが豚されど豚、中国の「豚肉危機」はなぜ怖いか?』)で大量購入が必要ではないだろうか。だから、この「量的」部分の妥結はそう難しくない。

 米中間に横たわっている問題でもっとも肝心(厄介)な「質的」部分、すなわち中国の「構造改革」問題は、これからの第2や第3段階の交渉に持ち越されている。「量的」部分は経済問題だが、「質的」部分は政治問題となる。

 昨年12月18日に開かれた中国改革開放40周年大会の演説で習近平氏は、「改めるべきことで改められることは我々は断固改める。改めるべからざることで改めてならぬことは我々は断固改めない」と述べた。これは要するに「量」の交渉に応じてもいいが、「質」にかかわる要求には応じられないという明確なメッセージとみていいだろう。「質」の変更は政権の統治基盤を揺るがし、シリアスな政治問題である以上、そう簡単に妥協・解決できるものではない。

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