立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年10月8日

»著者プロフィール
著者
閉じる

立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 香港政府はついに「緊急状況規則条例(緊急法)」を発動し、デモ参加者のマスク着用を禁じる「覆面禁止法」を制定した。香港市民がすぐに反発の姿勢を見せ、抗議に乗り出した。香港の混迷は深まる一方だ。政府が何をやってももうダメ。市民側は「5大訴求(5つの要求)」の完全受け入れを頑なに求めている。「イエス」か「ノー」の回答を求めている以上、もはや交渉の余地はない。

10月6日、「覆面禁止法」を制定に対して香港では大規模抗議デモが行われた(AP/AFLO)

中国が果たして香港を必要としているのか?

 2カ月前(8月中旬)に執筆した拙稿『香港問題の本質とは?金融センターが国際政治の「捨て駒」になる道』には「捨て駒」という言葉を使った。それがいよいよ現実になりつつある。これは香港の宿命なのか。

 「中国が果たして香港を必要としているのか?」

 ――関心をもたれるのは香港の「主」である中国の利害関係と立場だ。「中国が香港を必要としているか?」。この命題に出てくる「中国」とは誰のことか。主体をはっかりしないと、議論もままにならない。「香港が中国を必要とするか?」という反対方向の命題も然り。

 多くの報道では、「中国」や「中国政府」「中国当局」といった称呼を使っているが、それは誰を指しているかを考える必要がある。一般の民主主義国家の場合、選挙で選ばれた首脳や与党代表者が対象として注目されるが、意思決定をめぐっては与野党や与党内派閥の牽制があったり、あるいは議会での議論・答弁や議決などの手続も加わると、諸要素を総合的に分析しなければならない。

 中国は共産党の一党独裁ゆえに、その意思決定の過程はよりシンプルなものと考えられがちだが、それは必ずしも正しくない。一党独裁であっても決して一人独裁ではない。党内ではいろんな派閥や政治勢力、利害関係集団が複雑に絡んでいる以上、「主席」というポストの人間は意外にも意のままにならず、大変な苦労をしているのである。

 昨年(2018年)の全人代は、国家主席の任期規制を撤廃する憲法改正案を採択した。習近平国家主席は2期目が終わる2023年以降も続投できるようになった。権力の過度な集中を防いできた中国の政治体制が大きく転換し、習氏の独裁になるとする報道を多く目にしたが、それも必ずしも正しいとはいえない。

 党内勢力の相互牽制を解消するには時間がかかる。5年や10年はあっという間。やっと真の決裁権が整ったところで退任するとは話にならない。故に任期撤廃はある意味で合理性がある。いってみれば、独裁継続のための任期撤廃ではなく、名実ともに真の決裁権を手に入れるための手段である。

 中国国家主席の任期撤廃のニュースを聞いたトランプ大統領は、無期限で任期を務められることになるとしてこれを称賛し「われわれもいつか試してみなくてはならないだろう」とまで述べた。それはおそらくトランプ氏の本音だったと思う。政治的意思決定における取引コストの問題に悩まされてきたのは、習近平氏もトランプ氏も同じだ。

 繰り返すが、「中国」という一枚岩は存在しない。香港問題をめぐっても意思決定に一貫性が見られない。その背後にどのような当事者、どのような利害関係や力関係が絡んでいるかが見えない。

 したがって、「中国が果たして香港を必要としているのか?」という問いには、「必要だ」と答えながらも、「誰が香港を必要とするのか?」「どのくらい必要か?」「その『誰』にとって香港よりもさらに重要なものがあった場合、選択の優先順位とは?」といった問いが浮上し、場合によっては香港が「捨て駒」とされることもあり得るだろうという結論に達する。

関連記事

新着記事

»もっと見る