2024年2月21日(水)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年10月16日

トランプにとって「百利あって一害なし」のやり方

 一方、トランプ氏が貿易戦争を仕掛けた根本的な意図は、中国の本質的な構造改革にある。なぜなら、構造改革がなければ、一時凌ぎの量的妥協を繰り返しても、抜本的な問題解決にならないからだ。これはトランプ氏がすべての分野における全面的解決(包括的合意)をなくして取引に応じないという姿勢に徹していた理由でもあった。

 ただし、全面的解決と段階的解決とは決して矛盾しない。問題(難題)を分割して各個撃破的に段階的に解決していくことは、ビジネスの要訣でもある。小さく分割された各個の問題は、元の問題に比べて制御が格段に容易になり、すぐに解決に至る場合が多い。個々の問題解決の積み上げにより、最終的に、元の大きな問題の解決に至ることができる、という概念である。

 分割された問題の解決にあたっては、トランプ氏は投入コストを最小限に抑えた。第1段階の妥結条件を見ればわかる。中国の米国農産品の「爆買い」約束と引き換えに米政府はこの部分合意の確定に伴い、10月15日に予定していた25%から30%への追加関税(2500億ドル相当分)の引き上げを先送りする。新規の制裁実施を積み上げないだけで、実施済みの既存制裁を解消するものではない。いわゆる、悪い話の「足し算」をしない、それだけの話。そのために、トランプ氏は2か月前にこの「足し算」の材料(追加制裁のアナウンス)を用意したのである。

 要するに、第1段階の妥協は米国側にとって、実質的な損害やコスト投入はほとんどないという好条件に基づいている。ほかのメリットも多い。中国に農産品を買わせて米国農民を喜ばせ、中国から金融サービス企業への市場開放の約束を取り付けてウォール街を喜ばせる。

 来年の大統領選に向けて、トランプ氏にとって票田の確保は欠かせない急務になってきている。対中貿易戦争でトランプ氏にいちばん圧力をかけてくるのは、農民とウォール街。この二者の問題を解決すれば、選挙もずいぶん軽快になる。たとえ中国が例によって将来、合意を反故にし、農産品を買わなくなったり、金融サービス市場を開放しなくなったりした場合でも、それは誰のせいかといえば、中国のせいであって、トランプ氏の問題ではない。逆に、「だから中国を徹底的にやっつけなきゃダメだろう」というトランプ氏の反中政策の正当性が実証されるわけだ。

 これから第2や第3段階の交渉が待っている。時間がかかる。トランプ氏にとって中国式の牛歩戦術がいまのところ、いちばん都合がいい。中国問題は大きすぎて一括解決できないから、段階的に取り組んでいく。それを選挙まで持たせればいい。あと1年の時間、とにかく選挙が終わり、続投できれば、あとはやりたい放題だ。これがトランプ氏の企みではないだろうか。

 それにしても、不思議な取引だ。中国は、2500億ドル分の追加関税について、25%から30%への引き上げの据え置きで、5%つまり125億ドルの利益を得る。その代りに、400億~500億ドル規模の米国産農産品を買う。どう考えても、経済的利益の出る取引ではない。なぜ、合意したのだろうか。


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