2024年11月22日(金)

ウェッジ新刊インタビュー

2012年6月18日

 もうひとつは、日本の学会では研究結果ばかりが偏重される傾向にあるので、そればかりではなく、その研究結果を得るために考えられたアルゴリズム(計算手法)や実際のソフトウェアまた実験装置、測定方法の開発に尽力した技術者に対しても適切な評価をすべきだと思います。

日本独自の論理素子、パラメトロン素子を用いた独自設計によるPC-1とその発明者・後藤英一氏(左)と高橋秀俊氏 (提供:後藤英一夫人)

 例えば、今までに29名ものノーベル賞受賞者が記録されているケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所では、実験装置は購入するのではなく自らつくりそれで実験することをモットーにしていると聞いています。あるフロアには教科書で習ったことのあるノーベル賞を受賞した研究者が使っていた実験装置がずらーっと並んでおり圧倒されます。そうして先進的な研究をした研究者が何をどのように考えたかを具体的に知ることができるわけです。

 それに対して、日本では極端に言うと測定器やソフトウェアはレディメイド(即ちカネ)で済ませるようなところがあります。時間がかかってでも、インセインティブを与えて、環境を整える。そうしたところから、ユニークな様々なアイディアが生み出されるのではないでしょうか。

――本書の中でもソフトウェアの重要性を訴えられていました。

金田氏:コンピューターというのはソフトウェアがなければただの箱なんです。コンピューターの計算能力はそれを使うソフトウェアと組み合わせることで初めて利用価値を発揮するのです。しかし、誰も使えない、また使わないソフトウェアをつくることほど無駄なことはないということを忘れてはなりません。

 日本の場合、ものづくりに関しても先行品の改良や改善が多く、日本独自の開発はなかなかない。それらの開発を支える技術のひとつが計算科学です。だから、計算科学に関わる人たちには、そういった礎の部分を担っているという意識を持って欲しい。

 ただ、今お話したようなゼロからコンピュータのプログラムを書くというのは、ある種独特の能力が必要とされることは確かです。日本では、そういった能力を持った人材をどのように育て、どういう職種を与えハッピーにするかという環境が整備されていない。経営者の方々にもそういったことをもっと考えてほしい。そのためにも本書は、産業界をはじめ経済界や研究者だけでなく、技術立国日本について考えるきっかけにしてもらいたい。

金田康正(かなだ・やすまさ)
1949年兵庫県出身。東京大学情報基盤センタースーパーコンピューティング研究部門教授。専門は計算科学。東北大学理学部物理第二学科卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士(東京大学)。東京大学大型計算機センター、ケンブリッジ大学計算機研究所客員研究員などを経て現職。受賞として情報処理学会論文賞(1983:欧文、1998:和文)、情報処理学会Best Author賞(1994)、兵庫県揖保川町 きんもくせい賞(2003)、第36回市村産業賞 貢献賞(2004)、著書として『π(パイ)のはなし』(東京図書、1991)、『アドバンスト・コンピューティング 21世紀の科学技術基盤』(培風館、共著、1992)、『並列数値処理 高速化と性能向上のために』(コロナ社、編著、2010)などがある。


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