経済の常識 VS 政策の非常識

2020年7月7日

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原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

 新型コロナウイルス感染症対策において、専門家と国民、政治家の間で認識の齟齬(そご)がある。専門家は大量の検査は必要ないと言い、国民、政治家は検査しろと言う。しかし、「感染症法」を読むと齟齬の謎が解ける。この法律の正式名称は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」であるが、そもそもは、感染症を予防するための法律であって、感染症の患者を治療するための法律ではない。

 過去の感染症は、基本的に治療法がなかった。新型コロナ感染症にも、現在のところ、治療法もワクチンもない。だから、感染者を見つけて、隔離するしかない。隔離するのは患者のためではなく、患者が他人にうつさないようにするためだ。だから検査も治療もタダになる。

 素人としては、検査を増やせば感染者を見つけて隔離も効果的に行えると思うが、専門家は精度が問題だという。検査しても本当は陰性なのに陽性の人(偽陽性)、本当は陽性なのに陰性の人が出る(偽陰性)。偽陽性の人は無駄に病院で隔離しなければならないが、そんなに病院のベッドはない。偽陽性の人で病院のベッドが埋まれば、本当の患者のための治療ができなくなる。偽陰性の人は安心して市中でうつしまくる。

 検査をするより、感染の可能性が高い濃厚接触者の隔離と検査をするのが効率的だというのが専門家の意見である。だから、濃厚接触者でもない人が、多少熱があるからと言って検査を求めて病院に来るなというのである。

 しかし、国民誰もが医療保険に加入し、医療機関を自由に選んで受診できる、フリーアクセスと皆保険の日本国民としては納得できない理屈である。これまで微熱でも病院に行って抗生剤をもらっていた。なんで37度5分の熱が4日間続かなければ病院に行けないのか。しかも、4日後に医者に電話すれば、保健所に電話しろと言われる。保健所に電話してもつながらない。1週間後にやっと検査して入院できる。もちろん、大部分の人は助かるのだが、苦しい思いをして死んでしまう人もいる。さらに、厚生労働大臣は、これを誤解だと言う。しかも、ここで、検査と入院がセットになっている。

 検査すれば医者に見てもらえるのだと国民は思ったから、検査しろと叫ぶ。テレビも叫ぶ。国民とテレビが叫べば、政治家も叫ぶ。テレビは国民に受けるために「検査を増やせ」と主張する感染症専門家を頻繁に出演させる。

 政府の専門家会議のメンバーである感染症学者も、論調を変えた。多くの人が検査を受けると、医療機関に人が殺到して、そこで感染が広がってしまう。「検査を抑えているから日本は感染爆発を抑えることができた」と言っていた専門家が「感染者が急増している状況で検査が増えないのは大きな問題だ」と言うようになった。

 医療機関で感染が広がり医療崩壊を起こすから検査をするなというのなら、専門家は患者よりも医療体制のことを考えていたことになる。医療体制が崩壊すれば患者も困るが、専門家はまず患者のことを考え、患者のために医療体制を強化することを考えるべきではないか。

 であるなら、医療体制の維持のために、感染症病棟や集中治療室(ICU)の拡充、医師の配置換え、医療従事者を守るためのマスク・防護服・手袋などの増産、軽症患者のための隔離施設の確保、検査体制(検査機械、キット、試薬)の整備などがなされるべきだった。が、すべては後手に回った。感染症専門家は、そのような提言をすることなく、代わりにローテクのクラスター対策で濃厚接触者をあぶり出せばコロナを封じ込めると信じた。これはなぜかと考えてみると、医療体制の拡充はとんでもないコストがかかるので、提言しても無理だろうと思ったのではないか。

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