経済の常識 VS 政策の非常識

2020年6月10日

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原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

 コロナ不況への対策として、政府は当初、所得が低く、不況によって所得が大きく減少した世帯へ30万円給付することを考えていた。しかし、4月17日に安倍晋三首相は記者会見で、すべての国民に10万円ずつ給付する方針に切り替えた。その理由を「すべての国民に協力をお願いする。ウイルスとの闘いを乗り切るためには、何よりも国民との一体感が大切だ。その思いで決断した」と説明した。30万円給付が仕組みとして分かりにくく、いつになるのかも分からないと評判が悪かったからである。

 コロナ不況対策であるから、コロナ禍(か)による減収の一部を、所得制限を付けて支給するというのはまっとうなことに思える。しかし、日本の税務当局は、個人の昨年の所得と預金口座と住所を把握していないから、早く支給することはできない。一方、米国の税務当局は、全国民が申告納税をしているので把握している。全国民の社会保障番号も把握している。昨年の所得に応じて、すぐさま預金口座に現金を振り込んだり、小切手を送ったりできる。

 日本では、住民税とその基となる所得と住所は地方公共団体が把握している。預金口座は把握していないし、マイナンバーカード普及率は3月1日現在で15.5%にすぎないが、現金を支給することはできるだろう。

 しかし、現在の所得をどのように把握するのだろうか。昨年の所得を把握している米国にもできない。日本では、納税申告をしたことのない人も申告しないといけない。個人事業者は毎年申告しているが、今回の場合は、毎月の所得を申告しないといけない。どのような証明が必要で、正しいかをどのように認定するかの説明会が、やっと6月に開けるという状況だったと聞く。これでは実際に受け取れるのは秋になってしまう。苦しい人は、今お金が必要なのである。

 また、6月に説明会をして人を集めたら、そこからコロナの感染爆発も起こりかねない。日本の役所は、自分の行政実務能力を超えたことをしようとする。できないことをしようとしても、忙しくなるだけでやはりできない。

 趣旨としてまっとうであっても、困っている人をすぐに助けるという目的を忘れてはまっとうではなくなってしまう。政治家は、役人に、何がいつまでにできるのかをきちんと聞いているのだろうかと怪しむ。

 少し前に、日本の大企業で、品質偽装のスキャンダルが相次いだことがある。民間であれば、そのような高い品質では「できない」と言うと、その事業部門を閉鎖されてしまう恐れがあるから、つい「できる」と言ってしまったのかもしれない。しかし、日本の役人は、なぜできないことをできると言うのだろうか。

 一方で、コロナのPCR検査数を増やせと安倍首相が命令しても、できないし、するべきではないと頑張る役人もいる。政治家は、まず、役人ができるのかできないのか、それはなぜなのかをしっかりと把握すべきである。

 役人が所得制限にこだわり、一律給付に反対したのは、所得制限を付けなければ財政支出が際限なく膨らみ、一律に給付するのはバラマキであり、バラマキは悪いことだと思い込んでいるからだろう。しかし、そうではない。

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