Wedge REPORT

2020年5月26日

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政府は新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済対策として、生産拠点の国内回帰等を通じたサプライチェーン対策を行う。それは実現可能なのか。グローバルサプライチェーンに詳しい猪俣哲史・日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員に聞いた。
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編集部(以下、――) 新型コロナウイルス感染症に対応する中で、公衆衛生物品の国内供給能力が問題となった。サプライチェーンの見直しは行われるのか。

猪俣 新型コロナの感染拡大によってサプライチェーンが一つの地域に集中していることをリスクと捉える向きが強まった。東日本大震災の時も同じような反応があったが、新型コロナでは世界で同時に「災害」が起きたことで、ブラックスワン(市場に大きな被害をもたらす事象)への恐れは強まった。今後は、被害を最小化するために、サプライチェーンの多元化・分散化をはかる流れは強まる。

―― マスクや防護服、人工呼吸器など、医療用品については、海外依存をやめ、生産拠点の国内回帰を促そうと国から補助が行われる。こうした政策によって生産拠点の国内回帰は促されるのか。

猪俣 企業が国内へ生産拠点を戻す判断材料の一つにはなるかもしれない。しかし、供給能力を増やしたいという目的があるのならば、それは間違ったやり方だ。生産性を追求して、一国の生産拠点に依存する体制になっていることが、リスクだというのはわかる。しかし、国内への供給能力を増やすのは、あくまで生産拠点を多元化・分散化することによってなし得るはずだ。特に、医療機器は国際分業体制の代表的な製品であり、国内回帰にこだわれば、むしろ供給能力をさげかねない。加えて、日本は地震や台風など災害が多い。その日本に生産拠点が集中してしまえば、リスクを増すだけだ。あくまで国内は、東南アジアやメキシコなど、さまざまな生産移転先の候補の一つとして捉えられるべきだ。

―― 国内への生産拠点回帰を促す物品について「国民が健康な生活を営む上で重要な製品等」と定義が広い。

猪俣 グローバルサプライチェーンから離脱し、部品や原材料の調達先の選択肢が狭まれば、物品を製造する企業の生産性は確実に下がる。どの物品を国内に戻すかは業界団体などの意見を聞いて、慎重に選ぶべきだ。

―― ある物品について国内における供給能力を増やしたい場合、政府はどのような政策を行うべきか。

猪俣 国内への生産拠点回帰に補助金をつけるような政策ではなく、日本がグローバルサプライチェーンの一翼を担う国となれるよう、ビジネス環境を整えることが先決だ。そのためには二つの観点が必要だ。第一にグローバルサプライチェーンの発展は、運輸や情報通信サービス、経理財務や法律実務などのビジネス補助業務などの製造支援サービスが整っているかが重要となる。サービス産業に対する国内規制を縮減・撤廃することが必要だ。第二に、サプライチェーンをITで運営する技術への投資を促すような政策が必要になる。今後は国家間、または企業間でサプライチェーンにおけるIT投資の差があらわれ、デジタル格差が生じるだろう。政府はそれを見据えた支援を行っていかなければならない。

猪俣哲史(いのまた・さとし) 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所上席主任調査研究員。1990年ロンドン大学政治学部卒業。1991年オックスフォード大学大学院経済学部卒業。2014年一橋大学より博士号(経済学)取得。
1991年アジア経済研究所入所。2000年~02年ロンドン大学客員研究員。2017年より現職。国際産業連関学会会長、国際産業連関学会誌Economic Systems Research 編集委員。
『グローバル・バリューチェーン――新・南北問題へのまなざし――』(日本経済新聞出版社)で第31回「アジア・太平洋賞特別賞」、第36回「大平正芳記念賞」を受賞。

  
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